最新記事

シリア情勢

今こそ、シリアの人々の惨状を黙殺することは人道に対する最大の冒涜である

2017年9月23日(土)11時50分
青山弘之(東京外国語大学教授)

ロシア、トルコ、イランがイドリブ県を三つに分割することに合意

緊張緩和地帯設置がもっとも難航したのは、シャーム解放委員会が勢力を温存し、それ以外の反体制派と渾然一体化していたイドリブ県だった。だが、それも、9月14日と15日に開催されたアスナタ6会議で、ロシア、トルコ、イランが同地を三つのカテゴリに分割することに合意し決着した。

三つのカテゴリとは、(1)ロシア主導のもとでシャーム解放委員会を殲滅するとともに、それ以外の武装集団も同時に排除したうえで、非武装の文民機関がシリア政府と停戦し、自治を担う地域(第1地域)、(2)ロシアとトルコ両国の主導のもとでシャーム解放委員会を殲滅する地域(第2地域)、(3)トルコ軍の監督のもとで「家を守る者たち」作戦司令室がシャーム解放委員会を殲滅する地域(第3地域)、である(地図2を参照)。

シリア政府と反体制派の停戦プロセスは、反体制派をアル=カーイダの系譜を汲む「テロ組織」と「合法的な反体制派」に峻別することが最大の難関だった。だが、ロシア、トルコ、イラン(さらには米国)は、シャーム解放委員会とそれに与する組織・個人を「テロとの戦い」を通じて壊滅し、それ以外の武装組織をシリア政府と停戦させるという明確なコンセンサスに遂に達したのである。

地図2 勢力図(2017年9月21日現在)
map2017_09_2.jpg

出所:http://syria.liveuamap.com/'Inab Balad, September 14, 2017をもとに筆者作成。

「テロとの戦い」からイランの脅威に対するイスラエルの安全保障に推移

一方、イスラーム国に対する「テロとの戦い」をめぐる取引は当初、イランの脅威に対するイスラエルの安全保障を確保するという別次元の問題として推移した。

発端となったのは、イラン革命防衛隊が支援するアフガン人民兵やレバノンのヒズブッラーなどからなる「外国人シーア派民兵」のタンフ国境通行所(ヒムス県南東部)方面への5月の進軍だった。通行所一帯を2016年から不法に占拠し、軍事拠点化していた米国は、「自衛権を発動する」として強く反発、「外国人シーア派民兵」の拠点や車列を爆撃し、この地域に接近しないようイランに警告した。だが、「外国人シーア派民兵」とシリア軍は、タンフ国境通行所を迂回して東進を続け、6月半ばにはイラク国境に到達、イラク領側から西進した人民動員隊と対面を果たした。

これにより、イランは、テヘランからバグダード、ダマスカスを経てベイルートに至る陸上路を確保し、イスラエルの危機感を煽った。

また、ダイル・ザウル県南西部への進攻を模索していた米国およびその支援を受ける「ハマード浄化のために我らは馬具を備え」作戦司令室(別称「土地は我らのものだ」作戦司令室、自由シリア軍砂漠諸派)の進軍を阻止し、同地でのイスラーム国に対する「テロとの戦い」の主導権を奪った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米特使、ウ・欧州高官と会談 紛争終結へ次のステップ

ビジネス

米新規失業保険申請件数、1.6万件減の19.9万件

ワールド

中国、来年は積極的なマクロ政策推進 習氏表明 25

ワールド

ロ、大統領公邸「攻撃」の映像公開 ウクライナのねつ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 5
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 6
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 7
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
  • 8
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中