最新記事

米軍事

「炎と怒り」発言のトランプに打つ手はない?

2017年9月22日(金)17時45分
辰巳由紀(米スティムソン・センター日本研究部長、キャノングローバル戦略研究所主任研究員)

武力行使の可能性は排除しないとするトランプだが Kevin Lamarque-REUTERS

<軍事的手段を辞さない構えの米軍幹部に対して、大統領が先制攻撃に逃げ腰なこれだけの理由>

北朝鮮が9月3日に行った水爆とみられる6度目の核実験で改めてはっきりしたのは、金正恩(キム・ジョンウン)体制発足後、北朝鮮の核兵器開発プログラムが目覚ましい進歩を遂げている、ということだ。

トランプ米政権発足後最初のミサイル実験となった2月12日以降、北朝鮮は毎月1~2回のペースでミサイル実験を行ってきた。特に朝鮮半島での緊張が高まったのは8月初旬。金正恩国務委員長がグアムに向けてICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射準備を進めていると発言し、これに対してドナルド・トランプ米大統領が、挑発的行為が続けば北朝鮮は「これまで世界が見たこともないような炎と怒り(fire and fury)を見ることになる」と警告してからだ。

アメリカはこれまでどのような安全保障問題についても一貫して武力攻撃の選択肢は排除しない、という立場は取ってきた。しかし、大統領自身が「炎と怒り」のような扇動的な言葉を使うことは極めて異例だ。トランプのこの発言は、国外はもちろん、国内からも「私の知る偉大な指導者は、行動に移す準備が整っていない限り脅しの言葉は使わない。トランプ大統領に行動に移す用意があるとは思えない」(ジョン・マケイン上院軍事委員会委員長)といった批判を浴びた。

それでも、アメリカの武力攻撃をめぐる臆測は今も飛び交っている。特に今回の核実験の直後、ジョゼフ・ダンフォード統合参謀本部議長と共にホワイトハウスを訪れたジェームズ・マティス国防長官が「グアムを含む米国の領土、あるいは同盟国に対するいかなる脅威も、効果的で圧倒的な大規模な軍事的報復を見ることになるだろう」「われわれは(北朝鮮という)国の全滅を望んでいるわけではない」と発言したことは、アメリカの「本気度」を示すもの、とも受け止められた。

とはいえ、アメリカが北朝鮮に武力行使をするのはそれほど単純ではない。北朝鮮の核・ミサイル施設を空爆により破壊すればそれでおしまい、といった単純なものではないからだ。

北朝鮮に対してアメリカが何らかの攻撃をした場合、北朝鮮の報復は(1)目標に到達しないリスクを冒しても既に攻撃を宣言しているグアムをミサイルで狙う、(2)在日米軍基地を攻撃する、(3)在韓米軍を攻撃する、(4)韓国を攻撃する――の4つの選択肢のコンビネーションになる。ただこの全ての場合において、日本あるいは韓国(もしくは両方)に被害が及ぶことになる。

つまり、アメリカの一存だけでは武力行使というオプションを取ることはできず、日韓両国の同意を取り付ける必要がある。だが、実際に「戦争」を目の前に突き付けられたとき、日本も韓国も容易には武力行使に同意しないだろう。

またトランプがツイートでいら立ちをあらわにしている中国も、朝鮮半島で再び戦争が起こることは望んでいない。中朝国境で大混乱が起きるだけでなく、韓国と自国との間の緩衝地帯のような北朝鮮がなくなれば、アメリカの影響が自国の国境手前まで広がるからだ。北朝鮮に対する武力行使の際には、米中間で何らかの「落としどころ」の合意が必要になるが、それも簡単には実現できない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、カナダに35%の関税 他の大半の国は「一律15

ワールド

ブラジル大統領、米50%関税に報復示唆 緊張緩和へ

ワールド

カナダ、ASEANとのFTA締結目指す 貿易多様化

ワールド

ゼレンスキー大統領、物資供給や対ロ制裁強化巡り米議
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 6
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中