最新記事

東日本大震災

【写真特集】置き去りにされた被災者家族の願い

2017年2月20日(月)18時00分
岩波友紀(フォトジャーナリスト)

海岸で汐凪ちゃんを捜し歩く木村さん。 震災2カ月後の自衛隊によるもの以降、公的に大規模な捜索が行われることはなかった(14年12月)

<立ち入りが制限されている福島の被災地では、震災で行方不明になった肉親を探すという家族の小さな願いすら置き去りにされたままだ>

2011年の東日本大震災と福島第一原発事故で、福島県大熊町から長野県白馬村に避難している木村紀夫さんから電話を受けたのは、昨年12月9日のこと。「瓦礫の山で見つかったマフラーの中から、首の骨らしきものが出てきたって連絡があった。汐凪(ゆうな)のものかもしれない」

翌日、木村さんと一緒に大熊町に入った。マフラーを見た木村さんは、それが5年9カ月間捜し続けた次女のものと確信していた。そして同月下旬、DNA鑑定で骨は汐凪ちゃん本人のものだと判明した――。

木村さんは津波で父と妻、そして汐凪ちゃん(当時7歳)を奪われた。震災当日は徹夜で行方不明の家族を捜したが、翌朝には原発事故で避難指示が出る。無事だった母と長女を岡山県の妻の実家に送り届けてすぐに福島に戻ったが、既に放射性物質に汚染された自分の町に入ることはできなくなっていた。

父と妻の遺体はその年の6月までに見つかった。木村さんはその後、住民の一時帰宅制度を使って大熊町に通い、協力してくれる仲間と共に汐凪ちゃんを捜すために瓦礫の山を掘り続けた。震災の翌々月、自衛隊が約2週間の捜索をしたときに集めたものだ。

手掛かりは見つかっていた。1年ほど前、汐凪ちゃんの体操着が出てきた。「1年2組きむらゆうな」と胸に大きく妻が書いた文字を見た木村さんは、心底うれしそうな表情をしていた。

だが、福島第一原発がある大熊町の大半は帰還困難区域に指定され、立ち入りが制限されている。汐凪ちゃんを捜せるのは一時帰宅制度を使った限られた日数だけ。人力での捜索は気が遠くなる作業だった。

【参考記事】<写真特集>忘れられる「フクシマ」、変わりゆく「福島」

震災後、現地を取材するなかで私の心に強烈に残ったのは、わが子を捜し歩く親たちの姿だ。特に福島の人々の前には震災直後から、生きているかもしれない人や行方不明の家族を原発事故のせいで満足に捜せないという問題が立ちはだかってきた。その一方で、国や東京電力は事故後も原発は必要との姿勢を続け、社会もそれを許してきた。

人の手で、人の命がないがしろにされている。震災で人々の心に命の大切さが刻み込まれたはずなのに、世間は命を奪われた家族を捜す彼らから目を背け、関心を失っていった。私が木村さんに初めて会った14年から彼を取材し続けてきたのは、そうした現実を伝えなければならないと感じたからだ。

捜し続けた汐凪ちゃんが出てきてくれた日、木村さんに笑顔はなかった。「あんなにバラバラにされて、6年近くも置き去りにされていたと考えるだけでやり切れない。いっそ海に行ってしまっていたほうがよかったのかもしれない」と、木村さんは海のかなたを見つめて言った。

木村さんは大熊町で「娘を身近に感じる」ことを大切にしていた。だから体操着を見つけたときはうれしかったのだろう。しかしバラバラの骨が、ずっと野ざらしの瓦礫に埋もれていた現実を目にして、何よりも怒りが湧いたのではないだろうか。

私たちは、娘を捜すという小さな願いすら満足に聞き入れられなかった木村さんのような「少数」に犠牲を押し付け、それを見て見ぬふりをして豊かさを得る暮らしを続けている問題を、真剣に考えなければならないと思う。震災を経験し、誰もが「少数」になり得る現実を目の当たりにしたのだから。

汐凪ちゃんが発見されたのは、除染廃棄物の中間貯蔵施設をこの場所に整備する目的で、公的な瓦礫撤去が始まってからたった1カ月後のことだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米雇用4月17.7万人増、失業率横ばい4.2% 労

ワールド

カナダ首相、トランプ氏と6日に初対面 「困難だが建

ビジネス

デギンドスECB副総裁、利下げ継続に楽観的

ワールド

OPECプラス8カ国が3日会合、前倒しで開催 6月
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 4
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 5
    目を「飛ばす特技」でギネス世界記録に...ウルグアイ…
  • 6
    宇宙からしか見えない日食、NASAの観測衛星が撮影に…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    金を爆買いする中国のアメリカ離れ
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中