最新記事

東南アジア

南シナ海と引き換えに中国に急接近するマレーシア・ナジブ首相

2016年11月7日(月)16時00分
大塚智彦(PanAsiaNews)

 両首脳は会談で「(南シナ海問題は)協議と対話により問題を解決することの重要性」で意見の一致をみたという。つまりマレーシアと中国が互いに主張する領有権が重複する環礁などについて「当事者間での話し合い解決が重要」との認識で合意した。これは欧米を中心とする国際社会が尊重を求めるオランダ・ハーグの仲裁裁判所が7月12日に下した「中国の領有権主張に法的根拠はない」とする裁定を無視し、関係国の個別2国間協議で解決策を模索するという中国の思惑に沿った合意で、マレーシアが中国に「籠絡された」形での決着といえる。

 ナジブ首相の訪中は、まさに10月18日から21日までフィリピンのドゥテルテ大統領が中国を訪問した際の一連の結果を想起させる。ドゥテルテ大統領が訪中で巨額の経済援助を得る一方で南シナ海問題の「棚上げ」で合意したと報じられたのと軌を一にしている。これこそが中国によるASEAN加盟国の切り崩し戦略の一環で、マレーシアのナジブ首相もその策略に応じることで巨額の経済支援で合意したのだ。

 ナジブ首相がこの時期に訪中して経済面や軍事面で中国との関係強化に乗り出した背景には、巨額の不正融資問題で自らが代表を務めていた国営投資会社「ワン・マレーシア(1MDB)」の不正資金流用疑惑に関連して米司法当局が米国内の資産差し押さえの民事訴訟を起こしたことがある。さらに、ナジブ首相自身の個人口座に約800億円の不透明な振り込みが1MDBからあったことを追及する構えを見せていることにも強い不快感を抱き、それが米国離れ、中国急接近という選択につながったと指摘されている。

「身辺の不正疑惑を払拭するために反米、親中路線に舵を切り替え、経済援助で目に見える成果をあげて国内世論の風向きを変えようとしている」と地元紙記者は分析している。

野党は政権打倒の国民運動展開へ

 ナジブ首相は哨戒艇購入合意に関連して中国メディアに対し、「自分たちより小さい国を公平に扱うことは大国の義務である。かつての(マレーシアの)宗主国を含む他の国に内政について説教される筋合いはない」と述べ、マレーシアを植民地にしていた英国などを念頭に厳しく批判した。こうした言いぶりもどこかドゥテルテ大統領の米国に対する数々の暴言を彷彿とさせる。もっともドゥテルテ大統領は訪中を終えると、見事に親中べったり姿勢を軌道修正してバランス感覚を見せた。ナジブ首相はそこまで融通無碍、無節操ではないとみられており、中国のマレーシア接近は今後もレベルアップしながら続くものと予想されている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中