最新記事

国境なき医師団を訪ねる

難民キャンプで暮らす人々への敬意について

2016年10月25日(火)17時00分
いとうせいこう

陽光が隠してしまうもの

 さて、そのどこに難民キャンプがあるのか、想像もつかなかった。船の着いたコンクリートの埠頭はどれも太陽に向かってむき出しになっている。

 陽光は困る、と思った。いつものようにありとあらゆる問題を簡単に隠してしまうからだ。その明るい場所に世界の困難があると思えなくなるのは、俺が暗い日本海沿いの町などを知っている日本人だからなのだろうか。

 太陽と同じく明るい中年ドライバーは、ラジオから流れるライミュージックのような民謡調の歌を聴き、E1はこっちなんだが何をしに行くんだと聞いた。

 「難民キャンプへ行きます。私たちはMSFです」

 谷口さんがそう言うと、ドライバーは一瞬とまどったように見えた。それから彼は、


「あそこにはたくさんいるよ」

 とだけ答えた。

 車が真反対に向かっているとわかったのは、ドライバーがすまなそうな顔でUターンし始めたからだった。まったくのんきなもので右に行くべきところを、左へと車を走らせていたのだ。他の車からクラクションを鳴らされながら、ドライバーはあっちだ、あっちと言い、すまんねと俺たちに謝った。

1025ito3.jpg

建物の向こうにびっしりとテントが這いつくばっているとは......

 E1ゲートは端っこにあった。船がまず止まっていて、その横をタクシーはすり抜けた。がらんとした埠頭を行く車内から、やがて左右に地味な色のテントが幾つも見えた。灰色、銀色、深い緑、統一性なくそのテントはびっしり続いたが、それはいかにも静かに隠れているかのようで目立たなかったし、じき途切れて何ひとつなくなってしまった。

 「おいくらですか?」

 止まった車の中で谷口さんが聞くと、ドライバーは不思議な返事をした。


「いくらでもいい」

 逆の道を行ったからなのか、俺たちが難民キャンプを訪ねる者だからかがわからなかった。5ユーロを谷口さんが渡している間に、俺は先に外に出た。

 車は突堤の部分まで来ていて、再び目の前に大型船が停泊していた。細長い埠頭の脇の海水の表面は白くきらめいて美しかった。

 そこまで来る間に、身を低くするかのようにテントが集まっていたことなど、まるで嘘のようだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

維新、連立視野に自民と政策協議へ まとまれば高市氏

ワールド

ゼレンスキー氏、オデーサの新市長任命 前市長は国籍

ワールド

ミャンマー総選挙、全国一律実施は困難=軍政トップ

ビジネス

ispace、公募新株式の発行価格468円
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 2
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道されない、被害の状況と実態
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 5
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 6
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 7
    【クイズ】アメリカで最も「死亡者」が多く、「給与…
  • 8
    「中国に待ち伏せされた!」レアアース規制にトラン…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 10
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中