最新記事

北朝鮮

北朝鮮、強まる経済制裁包囲網でも安定を見せる物価と通貨の「謎」

2016年8月10日(水)10時17分

 8月8日、相次ぐ核実験や弾道ミサイル発射実験に対して、国際社会が制裁を強めているにもかかわらず、北朝鮮の食料と燃料の価格は、金正恩朝鮮労働党委員長の下でおおむね安定を維持している。写真は平壌の百貨店を訪れる市民。昨年10月撮影(2016年 ロイター/Damir Sagolj/File Photo)

相次ぐ核実験や弾道ミサイル発射実験に対して、国際社会が制裁を強めているにもかかわらず、北朝鮮の食料と燃料の価格は、金正恩朝鮮労働党委員長の下でおおむね安定を維持している。孤立する同国内部から得た珍しいデータから明らかとなった。

父親の故金正日総書記の時代とは対照的に、現在は物価と通貨の両方ともに比較的安定しているが、その要因の1つには、ますます進む市場本位の経済に正恩氏が不干渉主義的なアプローチを取っていることが挙げられる。また専門家らは、北朝鮮政府が何らかの政策を習得していることの表れだと指摘する。

かつてはソ連型の中央計画経済に依存していた北朝鮮だが、今では法的にはグレーゾーンだが「ジャンマダン」と呼ばれる自由市場が盛んとなっている。ここでは、個人や卸売業者が私的に生産・輸入した物品を売買することができる。

「金正恩氏が政権を握ってから、ジャンマダンに対する支配、あるいは取り締まりは行われていない」と、脱北者で現在は韓国の北朝鮮専門ネット新聞「デイリーNK」で働くKang Mi-jinさんは話す。Kangさんは定期的に北朝鮮の市場筋と話をするという。

「金正恩氏は悪いこともたくさんしているが、市場を開放し続けることは国民にとってポジティブな効果がある。他に選択肢はない。国民を養えないので、完全に市場を閉鎖することなどできない」

脱北者で運営される「デイリーNK」から得た情報に基づいてロイターがまとめたデータによると、昨年のコメ、トウモロコシ、豚肉、ガソリン、軽油の価格は比較的安定しており、国内外の出来事に対する価格抵抗力を示している。

北朝鮮の核兵器プログラムに対する制裁が一般市民に打撃を与えかねないと批判する一部の人たちの懸念が、それによって和らぐかもしれない一方で、正恩氏の権力支配を強化する一助となる可能性もある。

北朝鮮国内で実際に何が起きているかについての情報を確認するのは困難だ。しかし、過去の不満や混乱に関する報告は、かつての破滅的な私的市場統制のような経済紛争と通常は関連すると、専門家は指摘する。

<安定した食料>

デイリーNKは、北朝鮮の首都平壌と、中国と国境を接する北部の都市、新義州市と恵山市にいる情報提供者から価格を入手している。

同国でますます多くの市民が非公式経済で取引することが可能となるなか、こうした価格の平均値から明らかなのは、モノの市場価格が著しく上昇していないということだ。ジャンマダンの露店の数は数百規模で増えていると、脱北者は語る。

北朝鮮の配給制度は1990年代の壊滅的な飢きんからいまだ回復していない。世界食糧計画(WFP)による最近の報告によると、今年4─6月における同国の1日1人当たりの配給量は、5年間で最も少なく、わずか360グラムだった。

その穴を埋めているのが市場だ。

データによると、北朝鮮の主食であるコメの平均価格は昨年、1キロ当たり5240ウォン、非公式市場のレートでは約63セントだった。

コメよりも安く、手に入りやすいことの多いトウモロコシは平均で同2022ウォン、24セントで売られていた。

豚肉の価格が最も変動が激しく、夏の暑い時期には急落していた。

「北朝鮮には冷凍設備がなく、豚肉を冷凍できない。痛みが早いため、価格が上げられない」と、脱北者のKangさんは言う。

目立った唯一の価格急騰と言えば、国連による制裁が科される直前の3月初めに起きたガソリンと軽油の急激な値上げだろう。

データによると、制裁による供給不足の懸念から、ガソリンの市場価格は数日のうちに平均で45.1%、軽油は17.4%上昇した。その後、制裁懸念が静まると、価格は平常に戻った。

<通貨の謎>

公式通貨である北朝鮮ウォンの価値は対ドルで約100ウォンと、国家によって決められているが、主に市場による実勢レートでは約8300ウォンとなっている。

金正日政権時代、2009年の通貨改革に失敗した後に通貨が極端に変動したのとは対照的に、非公式為替レートはこの数年、安定している。

「過去2年に見られるウォンの効果的な安定は、皆にとってちょっとした謎だ」と語るのは、米カリフォルニア大学サンディエゴ校の北朝鮮経済専門家ステファン・ハガード氏だ。

「通貨の転換が大失敗に終わった後、何らかの貨幣政策の習得があったことはほぼ間違いない」と、同氏は指摘する。

金正恩政権の下で、歯磨き粉から香水まで国内産の消費財が増え始めており、これが価格の安定にも寄与した可能性がある。

平壌の一部の店では現在、ほぼ国内製品だけを販売し、市場の実勢レートに従って価格は決められている。

「北朝鮮で製造された中国製品のコピー商品は、オリジナルよりも安く、人気がある」と、脱北者のSeo Jae-pyoungさん。Seoさんは2001年に北朝鮮を離れたが、定期的に同国内にいる情報筋と話をしている。

北朝鮮の一般国民は差し当たり、国が孤立を深めているにもかかわらず、比較的うまくやっている。

Seoさんは「今年新たに制裁が科されたにもかかわらず、一般市民はうまくやっている」としたうえで、「その効果は来年から徐々に表れ始めるかもしれない」と話した。

(James Pearson記者、Ju-min Park記者 翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)



ロイター


120x28 Reuters.gif

Copyright (C) 2016トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

小泉防衛相、中国軍のレーダー照射を説明 豪国防相「

ワールド

米安保戦略、ロシアを「直接的な脅威」とせず クレム

ワールド

中国海軍、日本の主張は「事実と矛盾」 レーダー照射

ワールド

豪国防相と東シナ海や南シナ海について深刻な懸念共有
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 6
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 7
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 8
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中