最新記事

欧州

欧州ホームグロウンテロの背景(2) 現代イスラム政治研究者ジル・ケペルに聞く

2016年6月16日(木)16時03分
国末憲人(朝日新聞論説委員)※アステイオン84より転載

 テロに関与したなどの疑いで米国とスペインの両捜査当局から手配された彼は、〇五年にパキスタンで拘束され、米軍に引き渡された。身柄は、対テロ戦争を進める米国と当時まだ良好な関係を維持していたシリア当局の管理下に置かれた。以後、消息は途絶えた。

「二〇一一年にシリア当局が彼を無傷で釈放した、とのうわさが出ました。過激派の内部に彼を戻らせてジハードのウイルスをまき散らし、組織を攪乱させるため、といいます。ただ、その後四年間にわたって動向が一切漏れないのは、どう考えても変です。シリアで情報が途絶えるのは、決していい知らせではありません。もしスーリーが生きているとすれば、案外とフランスに舞い戻ってきて、ガソリンスタンドの従業員とか原発の技師とかをしているかも知れませんが」

 スーリーは相変わらずシリアで獄中にある、との情報もあり、確かなことはわからない。ただ、本人の運命と関係なく、彼が残した思想は現代のサイバー空間を広がり続けている。拘束される直前、スーリーは一六〇〇ページに及ぶ大論文『グローバルなイスラム抵抗への呼びかけ』を、ネットを通じて発表した。第三世代ジハードの理論と戦略を確立し、多くのテロリストたちに共有されるようになった文書である。

手づくりのテロ工房

 イスラム教徒の大衆を動員し、世界を制覇することにスーリーの目的があるのは、アル・カーイダと同じである。ただ、彼が描く戦略は、アル・カーイダのものといくつかの点で大きく異なっている。

 まず、標的はもはや、米国ではない。

「ビン・ラーディンは、米国をひざまずかせることが可能だと思っていたが、できなかった。そういうやり方ではだめだ、欧米文明の弱点を突かなければならない、それは欧州だ。スーリーはそう考えたのです」

 手法も根本的に変わった。米同時多発テロのような大スペクタクルは必要ない。安上がりの作戦をあちこちに展開するだけで、欧州社会はパニックに陥るだろう――。

【参考記事】銃乱射に便乗するトランプはテロリストの思うつぼ

 手法が異なる以上、アル・カーイダのようなピラミッド型の組織も不要だ。自立した個人や小さな組織が網の目のようにつながり合うネットワーク型の組織こそ、現代のテロには都合がいい。

「第三世代は、アル・カーイダとは全く異なるモデルを組み立てました。熟練の実行部隊を派遣するのではなく、現地に暮らす若者に対し、原理を薄く植え付ける。一度ぐらいは中東の戦場で訓練を施すかも知れないけれど、あとは彼らの自主性に任せるのです」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:欧州で増加する学校の銃乱射事件、「米国特

ビジネス

豪サントス、アブダビ国営石油主導連合が買収提案 1

ワールド

韓国、第2次補正予算案を19日に閣議上程へ 景気支

ワールド

米の日鉄投資計画承認、日米の経済関係強化につながる
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中