最新記事

北朝鮮

脱北者数が前年比16%増、金正恩体制から逃げ出す北朝鮮国民

2016年6月7日(火)17時02分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

Jacky Chen-REUTERS

<4月にレストラン従業員の集団脱北が大きく報じられたが、このところ減少傾向を見せていた脱北者の数が、今年に入って増加に転じている。このペースでいけば、今年は約1500人に達する見込み。果たしてその理由とは> (写真は中朝国境で中国側を監視する北朝鮮兵、5月2日)

 金正恩体制に入り、減少傾向を見せていた脱北者の数が、今年に入り徐々に増加に転じているようだ。

 5日、聯合ニュースが韓国統一省の集計として報じたところでは、1月から5月末までに韓国に入国した脱北者は590余人で、前年の同じ時期に比べ16%増加した。

美女たちを指名手配

 韓国に入国する脱北者の数は2009年には2914人に達したが、金正恩政権になって以降、減少傾向が顕著で、2012年に1502人、2013年に1514人、2014年に1397人、昨年は1276人となっている。減少の理由として考えられるのは、国内経済の若干の好転と、当局による中朝国境の監視強化、そして脱北の厳罰化と秘密警察の暗躍などだ。

 だが、今年は現在のペースが続くと、年間の脱北者数は約1500人となる。増加に転じた背景には何があるのか。

 まず考えられるのは、核実験・ミサイル発射に対する国連制裁の影響だ。制裁により、海外に赴任している外貨稼ぎの担当者たちが、ノルマ未達で下されるペナルティーに負担を感じ、逃亡の道を選んでいるのだ。

 4月に発生した北朝鮮レストラン従業員らの集団脱北が典型的と言えるだろうが、北朝鮮本国もまた、これには警戒を募らせている。彼女らの顔写真や個人情報を公開し、「指名手配」とも言える措置を取っているのだ。

「地獄絵図」のウワサ

 ただ、そのような強硬姿勢で、脱北を思いとどまらせることができるかは疑問だ。金正恩氏は、先月の朝鮮労働党大会で自らの独裁体制を強化すべく、一昨年あたりから無慈悲な粛清を繰り広げてきた。

(参考記事:「家族もろとも銃殺」「機関銃で粉々に」...残忍さを増す北朝鮮の粛清現場を衛星画像が確認

 党大会が開かれる頃には、正恩氏に対して批判どころか意見すら述べられない空気が支配的になり、彼の目論見はある部分では成功したと言える。しかしその反面、少なくない国民の間で、恐怖から逃れる機会への渇望が強まっているのだろう。

 一方、党大会に先立って行われた大増産キャンペーンの重圧が、脱北増加を促している可能性もある。無謀なスケジュールで進められる北朝鮮の増産キャンペーンは、国民生活と経済の疲弊を招くだけでなく、大惨事につながるリスクと常に隣り合わせだ。そこで繰り広げられた「地獄絵図」について、北朝鮮国民は誰もがウワサぐらいは聞いている。

(参考記事:橋崩落で500人死亡の「地獄絵図」...人民を死に追いやる「鶴の一声」

 草の根資本主義の広がりとともに、北朝鮮国民は経済的にも思考の面でも国家からすっかり自立している。今後、さらに多くの人々が「こんな国、やってらんねえ」と見切りをつけたとしても、何ら不思議ではない。

 いずれにしても、脱北者の増加は明らかに正恩氏の失政の表れと言えるだろう。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ――中朝国境滞在記』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)がある。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

高市首相「首脳外交の基礎固めになった」、外交日程終

ワールド

アングル:米政界の私的チャット流出、トランプ氏の言

ワールド

再送-カナダはヘビー級国家、オンタリオ州首相 ブル

ワールド

北朝鮮、非核化は「夢物語」と反発 中韓首脳会談控え
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 5
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 8
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 10
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中