最新記事

インタビュー

タランティーノ最新作『ヘイトフル・エイト』、美術監督・種田陽平に聞く

2016年2月26日(金)18時40分
大橋 希(本誌記者)

hateful-05.jpg

国内外のさまざまな監督と組み、大きな信頼を得ている種田は「映画愛」にあふれた人 (C)Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc. All rights reserved.

『ドクトル・ジバゴ』のように山や川や町といったいろいろなシチュエーションがあるとき、70ミリは最高なんです。本来、密室劇にはあまり向いていない。それなのになぜ『ヘイトフル・エイト』を70ミリで? と不思議に思うかもしれない。

 ところが仕上がった作品を見て、僕は分かったんです。デジタル撮影と違い、70ミリフィルムでの撮影はピントが合いにくい。例えば顔にピントを合わせると、奥がぼけぼけになる。だから肉眼で見たときとは全然違う空間として撮影できる。

 しかもワンカットごとに照明も変えてある。するとあるときはイスが近くに見え、あるときは窓が遠くに見え、あるときは細部がすごくよく分かる......と空間に多様性が生まれ、ワンセットでやっているように見えないんですね。これが普通のデジタルカメラだったら、すぐに「どこを撮っても同じだな」ってなっちゃう。

【参考記事】ウォール街を出しぬいた4人の男たちの実話

 1部屋のセットでも、ちょっとしたパーティションや廊下や中2階などの、凹凸があったほうが面白い。でもクエンティンが「死角は作りたくない」と言うので、美術面ではいろいろな手が使えなかった。本当は前菜が出て、スープが出て、お魚の次はお肉......ってやったほうがゴージャスで楽しめるが、今回は一杯のラーメンどんぶりの中にすべての宇宙がある(笑)、みたいなやり方だった。

 彼は役者がリハーサルに入る前、スタッフをセットの外に出して、自分1人で演じてみるんです。ドアを開けて入ったり、歩数を数えたり、イスに座ってみたり。登場人物になりきって、あらゆるものをチェックしている。それで「種田を呼んでくれ。このテーブルはもうちょっと高くしたい」とか指示が来る。こだわりのラーメン屋の店主が、チャーシューの位置を直すといった風で、その修正は厳密で迷いがない。

――製作中の失敗や成功など、印象的な逸話はある?

 いっぱいありすぎて話し切れないけれど......。例えば美術的なことではないが、ジェニファー・ジェイソン・リーが弾いていたギターを壊しちゃった件。

 1800年代の貴重なアンティークだということは本人も、助監督も知っていた。彼女はそれでずっと練習していて、本番では彼女が歌い終わったら「カット」、カットしたら別のギターに変えて壊すという段取りになっていた。でも監督がそれを知らなくて、「カット」の声を掛けなかった。だから(アンティークであることも、段取りも知らなかった)カート・ラッセルが芝居を続けて、ギターを奪って壊した。ジェニファーが「ぎゃー」と叫んだのは、本物のリアクションだった。

「壊しちゃった!!」と彼女が大騒ぎしたから、クエンティンとカートは「何?」「なんで教えないんだよ」ってなったらしく......。みんなで破片をひろい集めて、そこにサインして博物館に寄贈し、「『ヘイトフル・エイト』で壊された本物のギター」として展示されることになったそうです。

――撮影現場にはしょっちゅう足を運んだのか。

 たいてい朝に現場に行き、撮影が始まるのを見届ける。今回はシチュエーションが少ないが、それでもクエンティン組は次から次に解決すべき課題が生じるから。なんといっても監督が完璧主義だし、妥協するタイプじゃない。

 それでいうとクエンティンは、21世紀のコンピュータに管理された映画の世界に、ドン・キホーテのように立ち向かっていると思う。そんなクエンティンの意気に感じ、僕たちも図面はすべて手描きで描いた。今はみんなコンピュータで描くのが普通だけど。すたれていく技術をあえて使うことで映画に人間の息吹を与え、次世代に伝えようということだと思う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

スイス中銀、第1四半期の利益が過去最高 フラン安や

ビジネス

仏エルメス、第1四半期は17%増収 中国好調

ワールド

ロシア凍結資産の利息でウクライナ支援、米提案をG7

ビジネス

北京モーターショー開幕、NEV一色 国内設計のAD
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中