最新記事

歴史認識

メルケル首相の東京講演

2015年6月18日(木)15時30分
細谷雄一(慶應義塾大学法学部教授)※アステイオン82より転載

 ドイツが歴史認識問題をめぐって謙虚な態度を示しているのにはもう一つの理由がある。メルケル首相が東京に滞在していた三月一〇日、地球の裏側のギリシャの議会では、選挙で勝利を収めた極左政党のチプラス首相が、第二次世界大戦中のナチス・ドイツ占領による損害の賠償を求める考えを議会で示した。パラスケボプロス法相は、もしもドイツがこれに対して真摯に対応しなければ、ギリシャ国内のドイツ政府の資産を差し押さえるつもりがあるとまで述べた。チプラス首相は、「国民に対する未解決の問題が解決されるように努める」と述べ、「戦後賠償は未解決」との立場を強調した。

 これは、ギリシャの債務問題をめぐってドイツが緊縮財政を強く求めていることへの反発であることが明らかだ。また、今後のドイツ政府との交渉を有利に進めるための、ギリシャ政府の苦し紛れの政治的なカードであろう。一部の日本人が安易に賛美するほど、ドイツが抱えている歴史認識問題とは単純なものではないのだ。ドイツにはドイツの難しい問題が、数多くある。相手の立場を深く理解することが、よりよき関係を構築する出発点ではないだろうか。

[執筆者]
細谷雄一(慶應義塾大学法学部教授)
1971年生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門は国際政治学・外交史。北海道大学法学部専任講師、敬愛大学国際学部専任講師を経て現職。著書に『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)など。

※当記事は「アステイオン82」からの転載記事です

asteion_logo.jpg




asteion_082.jpg『アステイオン82』
特集「世界言語としての英語」

公益財団法人サントリー文化財団
アステイオン編集委員会 編

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:中国で値下げ競争激化、デフレ長期化懸念 

ワールド

米政権、農場やホテルでの不法移民摘発一時停止を指示

ワールド

焦点:イスラエルのイラン攻撃、真の目標は「体制転換

ワールド

イランとイスラエル、再び相互に攻撃 テヘラン空港に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生きる力」が生んだ「現代医学の奇跡」とは?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    【動画あり】242人を乗せたエア・インディア機が離陸…
  • 5
    メーガン妃がリリベット王女との「2ショット写真」を…
  • 6
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 7
    ゴミ、糞便、病原菌、死体、犯罪組織...米政権の「密…
  • 8
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未…
  • 9
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 10
    先進国なのに「出生率2.84」の衝撃...イスラエルだけ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラドールに涙
  • 3
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 4
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 5
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 6
    ひとりで浴槽に...雷を怖れたハスキーが選んだ「安全…
  • 7
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    プールサイドで食事中の女性の背後...忍び寄る「恐ろ…
  • 10
    救いがたいほど「時代錯誤」なロマンス映画...フロー…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中