最新記事

ISIS

世界が悩む身代金の大ジレンマ

言われるままに金を払えば、テロの拡大につながりかねない

2015年2月6日(金)13時16分
ピーター・シンガー(米プリンストン大学 生命倫理学教授)

命の代償 身代金が取れないと分かればより多くの命が救われる、という考えも Dean Rohrer-Project Syndicate

 イスラム教スンニ派テロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)の思想にかぶれていない限り、人質を取って殺害するという彼らのやり方に賛同する人はいないだろう。だが、こうした組織に自国民を解放させるために身代金を払う一部のヨーロッパの国の決断については、議論が分かれる。

 ISISの人質の国籍はさまざまだが、殺害されたのはアメリカ人とイギリス人のみだ。イギリス以外のヨーロッパ人で殺害されたと報じられたのはロシア人のセルゲイ・ゴルブノフだけ。もっとも、ロシア政府関係者は彼がロシア人かどうか疑わしいと公式に発言している。

 その一方でISISは、イタリア、フランス、スイス、デンマーク、スペインなどの国籍を持つ人質15人を解放している。ジャーナリストのルクミニ・カリマキはニューヨーク・タイムズ紙への寄稿で、人質の扱いの違いを次のように解説する。

──英米はテロ組織に身代金を払わない方針を貫いている。ISISの人質になったアメリカ人記者ジェームス・フォーリーの家族は身代金の要求に応じようとしたが、FBI(米連邦捜査局)からテロリストへの身代金支払いはアメリカの法律では犯罪に当たると警告された。フォーリーは後に殺害された。

 一方、ヨーロッパ諸国はかなり前から、自国民の人質解放に巨額の身代金を払っている。これは国連安全保障理事会が昨年1月に採択したテロ組織への身代金支払いに反対する決議や、13年のG8サミット(主要国首脳会議)の宣言にも反する。この声明に署名しながら、まだ身代金を出している国もある──。

 カリマキによれば、身代金の支払額が最も多いのはフランスで、08年以降の総額は5800万ドルに上る。だが、この方針も変わってきたのかもしれない。

 昨年9月にフランスがISISへの空爆に参加した報復として、アルジェリアのテロ組織がフランス人のエルベ・グルデルを拘束したとき、フランス政府は決然とした態度を取った。作戦参加をやめなければ人質を殺すと脅されたが、マニュエル・バルス首相は一歩でも譲歩すれば過激派に屈することになると語った。グルデルは殺害された。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB当局者、年内利下げは1回・25年は4回と予想

ビジネス

FRB、年内1回の利下げ予想 大統領選前の動き想定

ワールド

米・ウクライナ、13日に新たな安保協定に署名へ

ワールド

北朝鮮とロシアは「無敵の戦友」、金総書記がプーチン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:姿なき侵略者 中国
特集:姿なき侵略者 中国
2024年6月18日号(6/11発売)

アメリカの「裏庭」カリブ海のリゾート地やニューヨークで影響力工作を拡大する中国の深謀遠慮

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 2

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「勝手にやせていく体」をつくる方法

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    長距離ドローンがロシア奥深くに「退避」していたSU-…

  • 5

    謎のステルス増税「森林税」がやっぱり道理に合わな…

  • 6

    【衛星画像】北朝鮮が非武装地帯沿いの森林を切り開…

  • 7

    バイデン放蕩息子の「ウクライナ」「麻薬」「脱税」…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃が妊娠発表後、初めて公の場…

  • 9

    たった1日10分の筋トレが人生を変える...大人になっ…

  • 10

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 1

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 2

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...? 史上最強の抗酸化物質を多く含むあの魚

  • 3

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 4

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 5

    カラスは「数を声に出して数えられる」ことが明らか…

  • 6

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 7

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 8

    「クマvsワニ」を川で激撮...衝撃の対決シーンも一瞬…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃が妊娠発表後、初めて公の場…

  • 10

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 4

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 9

    我先にと逃げ出す兵士たち...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 10

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中