最新記事

領土問題

「中国領土」パスポートの思わぬ誤算

紛争対象の土地を新パスポートに一方的に編入した中国に東南アジア諸国やインドが対抗措置

2013年1月15日(火)16時33分
ケイン・ナンズ

自国領土を強硬に主張した中国のパスポートに抗議するフィリピンの国民 Romeo Ranoco-Reuters

 すっかりおなじみの光景だが、中国と周辺諸国との間でまたも亀裂が深まっている。今度の火ダネは、パスポートだ。

 中国は今春、新たなパスポートの発行を開始。最近になって記載された地図には、周辺諸国と領有権を争う南シナ海の島々などが自国領土として印刷されていることが発覚した。台湾やフィリピン、ベトナムなどはこれに激しく反発している。

 中国外務省の報道官、洪磊(ホン・レイ)は「新パスポートの目的は、中国人民の出入国の利便性を高めることだ」と発言。「地図のデザインについては深読みしないでもらいたい。中国は関係諸国との外交を進め、双方の国民の健全な往来を促進するつもりだ」

 さらに事態の沈静化を図ろうと、中国は先週、地図は「特定の国を念頭に置いたものではない」と主張した。

 損なわれたのは周辺諸国との関係だけではない。中国人民の「出入国の利便性」もかえって低下した。先週、中国人旅行者たちはベトナムやフィリピンで、入国審査の際に数時間も足止めされたという。台湾やブルネイ、マレーシアなどと並んで南シナ海の島々の領有権を主張するベトナムとフィリピンは、中国人の新パスポート上にビザを押印するのを拒否。別の書類を用意してビザを発行している。

 中国への国際的な不信感は募る一方だ。領有権を主張するヒマラヤ山脈東部地域が地図に記載されたインドは、中国人に発行するビザに、同地域をインド領に含めた地図を印刷する対抗措置に出た。米国務省のヌーランド報道官は「周辺諸国との外交関係において、決して有益に働く措置ではないと中国当局に伝えたい」と、懸念を表明した。

 新パスポートを発行した中国側の意図は明らかではない。「政府内の強硬派の性急な決定で行われたように見える」と、米バックネル大学のチュー・チーチュン教授(中国政治)は言う。軍部と共産党内部のタカ派勢力が、「体制移行期に中国の外交方針の主導権を握るために」この地図を利用したのでは、とチューは指摘する。

 中国は先週、海南省が管轄する南シナ海などの海域で、外国の船舶に対する取り締まりを認めるとした条例を可決。「違法に」侵入した船舶に停船を命じたり、船舶検査や拿捕することもできる。

 海上の警戒はもちろんだが、パスポートからも目が離せない。

From GlobalPost.com特約

[2012年12月12日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

メラニア夫人、プーチン氏に書簡 子ども連れ去りに言

ワールド

米ロ首脳、ウクライナ安全保証を協議と伊首相 NAT

ワールド

ウクライナ支援とロシアへの圧力継続、欧州首脳が共同

ワールド

ウクライナ大統領18日訪米へ、うまくいけばプーチン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コロラド州で報告相次ぐ...衝撃的な写真の正体
  • 4
    【クイズ】次のうち、「海軍の規模」で世界トップ5に…
  • 5
    債務者救済かモラルハザードか 韓国50兆ウォン債務…
  • 6
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 7
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 8
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 9
    【クイズ】次のうち、「軍事力ランキング」で世界ト…
  • 10
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...「就学前後」に気を付けるべきポイント
  • 3
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた「復讐の技術」とは
  • 4
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 5
    「笑い声が止まらん...」証明写真でエイリアン化して…
  • 6
    「長女の苦しみ」は大人になってからも...心理学者が…
  • 7
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 8
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 9
    「何これ...」歯医者のX線写真で「鼻」に写り込んだ…
  • 10
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 6
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中