最新記事

中東和平

パレスチナ「国家格上げ」の舞台裏

2012年12月18日(火)16時39分
ダン・エフロン(エルサレム支局長)

報復措置ははったり?

 ネタニヤフとの2回の会談でクリントンは、ガザの停戦合意を支援すると約束した。ただし、会談の内容に詳しい関係者2人によるとクリントンは引き換えに、パレスチナの「国家格上げ決議」に対抗する厳しい措置は控えるように強く要請した。

 この関係者によれば、クリントンはイスラエル外務省の文書が取り上げている問題にも具体的に言及。イスラエルがパレスチナ自治政府の代理で徴収している税金の送金停止など、アッバスを追い詰めるようなことをしないようにクギを刺した。

 さらに、イスラエルは土壇場でヨーロッパを味方に付けられなかった。フランスは採決の2日前に賛成を表明。イギリスは政府内で見解が分かれたものの棄権。国際的な議論ではほぼ無条件にイスラエルを支持してきたドイツも、今回は反対ではなく棄権に回った。

 最終的に193の国連加盟国のうち反対はわずか9票だった(棄権41票)。パレスチナの「格上げ」は一方的な行動で和平交渉に反すると主張してきたイスラエルは、少なくともEU(欧州連合)主要国からの後押しを期待していたが、ヨーロッパの反対票はチェコだけだった。

 決議がもたらす現実的な影響については、イスラエル政府内で意見が分かれている。例えば、パレスチナが「国家」としてICCの加盟国の地位を獲得したら、先のガザの戦闘で多くの民間人が犠牲になったことはもちろん、西岸のユダヤ人入植地の拡大についても、イスラエルを提訴しかねないという懸念もある。

 パレスチナがICCの加盟国として認められれば、ネタニヤフはアッバスに対する脅しの一部を実行に移すだろう。ただし、アッバスを本気で引きずり降ろすとは限らない。

 イスラエル側の不満はともかく、アッバスはこの8年、西岸の平穏を守ってきた。イスラエルとの政治的な交渉が行き詰まっても治安の協力体制は維持し、暴力には訴えないという姿勢を貫いている。

「3回目の武装インティファーダ(パレスチナ人の抵抗運動)は起こらない」と、アッバスは11月にイスラエルのテレビのインタビューで強調した。

 アッバスが失脚すれば、300万のパレスチナ人が暮らす西岸でイスラエル軍による統治が復活する。イスラエルが数年前に行った試算では、その費用は年間数十億ドルに上る。

 そう考えると、イスラエル外務省の文書は、アッバスに対する心理戦とも言えるだろう。「パレスチナ側の観点」と題する長い章には、内部告発によるアッバスの汚職疑惑が列挙されている。アラブ世界の指導者の例に漏れずアッバスも失脚を恐れ、いざというときは家族とヨルダンに逃げる手はずを整えているという。

 この章の詳細はイスラエルの複数の新聞にリークされた。パレスチナ側が一種の脅迫と受け止めたのは確かだろう。

「失業や住民の安全、政治腐敗を解決できないアッバスは......国連決議案のような劇的な演出でしか、自分の数多くの失敗からパレスチナの人々の目をそらすことはできないと考えるに至った」とも文書は主張する。

 もっとも、このような脅しでアッバスに決議案の提出を思いとどまらせることができると考えていたのなら、失敗したのは間違いなくイスラエルのほうだ。

[2012年12月12日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ICC、前フィリピン大統領の「麻薬戦争」事案からカ

ワールド

EUの「ドローンの壁」構想、欧州全域に拡大へ=関係

ビジネス

ロシアの石油輸出収入、9月も減少 無人機攻撃で処理

ワールド

イスラエル軍がガザで発砲、少なくとも6人死亡
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 8
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 9
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 10
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中