最新記事

ロシア

抱腹絶倒!プーチン皮肉るアングラ劇団

ボトックス疑惑から愛人の噂まで、さまざまなタブーを盛り込んでロシア政治の闇に切り込む

2012年7月9日(月)16時53分
アンナ・ネムツォーワ(モスクワ)

まんざらでもない? アングラ劇団「テアトル・ドット・ドク」の舞台でさんざん笑いの種にされたプーチンだが Mohamad Torokman-Reuters

 テアトル・ドット・ドクは最近、ロシアの反政府運動に重要な役割を果たしているアングラ系の劇団。ただし、彼らの芝居を見るのは至難の業だ。

 活動拠点は、大統領府から1キロ余りしか離れていない場所の地下に設けられた簡易ステージ。客が100人も入れば満員で、半数以上は床に座らされる。

 秘密主義も徹底している。宣伝ポスターはなく、公演情報はネットでしか見られない。それでも、現代ロシアのざらついた日常を描いた作品を目当てに、多くの観客が押し寄せる。

 この10年間、劇団創設者のエレーナ・グレミナとミハイル・ウガロフは社会問題に鋭く切り込む一方、政治問題への言及を避けてきた。北オセチア共和国ベスランで起きたチェチェン人による学校占拠事件へのロシア人の無関心、愛が報われず夫を殺した女性受刑者、疎外感に苦しむ若いエイズ患者。どの作品にもロシアの現実が映し出されているが、制作陣の政治的見解が示されることはなかった。

プーチンが記憶喪失に?

 だが5月になって、劇団はついに中立路線を捨てた。ある肌寒い月曜日の夜、劇団は地下室を飛び出し、デモ隊が集まるモスクワの公園で『ベルルスプーチン』の一部を上演した。これはイタリアの劇作家ダリオ・フォの『双頭の人体』をリメークした舞台。主人公は4年ぶりにロシア大統領に返り咲いたウラジーミル・プーチンと、女好きで知られるイタリアのシルビオ・ベルルスコーニ前首相だ。

 冒頭で2人はテロ攻撃に遭い、ベルルスコーニは死亡、プーチンは生き残る。イタリア人医師団がベルルスコーニの脳をプーチンに移植すると、プーチンは自分が犯してきた政治的な罪を忘れてしまう。

 バーバラ・ファエルが脚色した今回の舞台には、プーチン政権にまつわるスキャンダラスな噂が盛り込まれている。例えば、29年前に結婚したプーチンの妻リュドミラが表舞台から姿を消した件。彼女はプスコフの北にある修道院で暮らしているとみられる。一方、プーチンの愛人と噂される新体操の元世界王者アリーナ・カバエワは国会議員となり、事実上のファーストレディーと言われている。

 ほかにも、プーチンが若返りのためにボトックス注射を受けているという噂や、写真撮影の際に上半身裸になりたがる癖、汚職に寛容な姿勢など、さまざまなタブーを笑い飛ばしている。

大半の劇場で上演拒否

 こうした笑いの合間に政治的な批判も盛り込まれる。医師団はプーチンの記憶を取り戻すため、修道院にいる妻の元に生まれ変わったプーチンを連れていく。妻の話を聞いて自らの極悪非道な過去を恥じたプーチンは、話をやめてセックスしようと妻に懇願。「私をレイプすることなんてできない。私はロシアじゃないんだから」と、妻は叫ぶ。

 こんな調子だから、フォの『双頭の人体』はロシアの大半の劇場で「問題作」扱いされて上演を断られてきた。だがテアトル・ドット・ドク版の公演情報は当局に知られておらず、公園での舞台は弾圧を免れた。

 創設者の2人は、今後も政治的に刺激的な作品を上演する決意を固めている。昨冬には、人権派弁護士スタニスラフ・マルケロフの暗殺を企てた愛国主義者らの会話を俳優陣が読み上げる朗読劇を上演。この会話は治安当局が09年に録音し、新聞社から劇団に持ち込まれたものだ。

 グレミナが手掛けた新作『1時間18分』は、弁護士セルゲイ・マグニツキーの生と死を時系列で追う。役人の巨額不正を追及していたマグニツキーは、獄中で医療を受けられず死亡した。彼の死に関与した人間が有罪判決を受ける日まで上演を続ける、とグレミナは誓っている。

 公園で『ベルルスプーチン』が上演された翌日、警察はデモ隊を一斉に検挙した。彼らは今も身柄を拘束されたままだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中