最新記事

ユーロ圏

イギリス人、故郷へ帰る

陽光あふれる南ヨーロッパへと大挙して移住したイギリス人年金生活者の人生設計がポンド安でご破算に

2011年2月16日(水)16時24分
ウィリアム・アンダーヒル(ロンドン支局長)

はかない夢 スペインのコスタ・デル・ソルで過ごすはずだった第二の人生に陰りが

 まだイギリスポンドが強かった頃、スペインのバレンシア州に住むイギリス人グレアム・ナイト(61)は、移住してくる同胞への対応に追われていた。

陽光降り注ぐ海沿いでの暮らしに憧れるイギリス人が、ポンド高に背中を押されて南欧を「侵略」していたからだ。あの頃は「イギリスが空っぽになるかと思った」くらいだと語るナイトは、今もここで暮らす1万3000人のイギリス人の世話をしている。

当時はロンドンの年金生活者でも、わずかな蓄えをやりくりすればスペインの海岸沿いに立つプール付きの別荘や南仏のブドウ園に囲まれた広い家屋を買うことができた。スペインだけでも80万のイギリス人が移り住み、その半数以上が50歳以上だった。

だがユーロに対してポンドが弱くなった今、夢破れたイギリス人年金生活者たちは母国の陰鬱な灰色の空の下に戻りつつある。1月に行われたある調査によれば、ユーロ圏に別荘を持つイギリス人の半数以上が年内の売却を検討しているという。

「彼らの帰国の世話で今は忙しいが、その後が怖い」と、フランスで引っ越し業を営むイギリス人マーク・ブレットは言う。以前はイギリス人の海外転出が盛んだったが、今週請け負ったのはイギリス人家族6組のフランスからの帰国だ。

「海外移住や海外不動産購入の黄金期は終わった」と言うのは、昨年「イギリス人のディアスポラ(離散)」に関する調査結果を発表したロンドンのシンクタンク、公共政策研究所のティム・フィンチだ。

ほんの3年前には、1ポンドは1.35ユーロ前後だった。99年のユーロ誕生当初と比べてそれほど低くない水準だ。このポンド高のおかげで、イギリス人は憧れのフランスやスペインで快適な生活をエンジョイできた。

住宅価格下落も追い打ち

 ところがその後、ポンドは下落。09年の初めには1ポンド=1ユーロ近くまで値を下げた。若干持ち直して今年1月21日には1ポンド=1・18ユーロをつけたものの、こうした為替の変動はただでさえ不景気で動揺しがちなイギリス人の心を不安にさせた。

 住宅ローンや移住先の住民税を支払うには、手持ちのポンドを現地通貨に交換しなければならない。ポンドが下がれば負担は増える。別荘の賃貸収入を当てにしていた多くのイギリス人も同様だ。不景気で海外旅行を控えるイギリス人が増え、借り手がつかなくなった。

 しかし最大の被害者はポンドの預金金利で生活する人々だ。「本人のあずかり知らぬところで収入が15〜20%も目減りした」と語るのはティム・スミス。フランス南西部のリゾート地に住む為替トレーダーだ。近くにある中世都市エイメの住人のうち、6人に1人はイギリス人だという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「気持ち悪い」「恥ずかしい...」ジェニファー・ロペ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中