最新記事

中南米

チリ鉱山生存者を待つ過酷な4カ月

鉱山事故で奇跡の生存劇。だが外に出るためには、厳しい生存環境で困難な作業を何カ月もこなさなければならない

2010年8月25日(水)18時31分
パスカレ・ボネフォイ

暗闇の中で 地下に送られたカメラには元気な生存者の姿が Ivan Alvarado-Reuters

 8月23日、坑内に閉じ込められた作業員たちと初めて音声通話が可能になると、ローレンス・ゴルボルネ鉱山相には直ちに彼らの望みのものが伝えられた。食料、歯ブラシ、それにビールだ。

 作業員たちの欲求はこれだけではなかった。国家斉唱だ。33人の男たちのコーラスは地下688メートルの奥深くから地上に届けられた。

 8月5日、チリの首都サンティアゴから約800キロ北のアタカマ砂漠にあるサンホセ鉱山で落盤事故が起き、作業員33人が地下に閉じ込められた。救助活動が初めて実を結んだのは、17日後の8月22日。生存はほぼ絶望視されていたが、なんと全員が生きていた。
 
 祝福ムードが広がったが、本当の試練はこれからだ。新たなトンネルを掘り進めて作業員全員を救助するには、クリスマスごろまでかかる可能性もある。

 その間、彼らに物資を供給するのも容易ではない。政府は砂糖水や薬、栄養食や家族からの手紙などを届け始めた。こうした物資やメッセージの入った「伝書鳩」役のカプセルは、直径10センチほどの穴を通って下ろされるが、作業員らのところに到達するのに1時間、地上に引き上げるのにさらに1時間かかる。

救助穴は下からも掘る必要がある

 生存者たちの体調やケガの有無などを正確に把握し、適切に水や食料、医薬品を供給するため、保健省の担当者は詳細な問診票を送った。負傷者は1人もいないことが確認されたが、数人が胃の痛みを訴えた。さらにほこりで目が痛むのと、換気の状態が悪いこと、避難所内の気温が高いことが問題だという。だが一番大きな訴えは、みんな空腹だということだった。

 ハイメ・マナリチ保健相によると、彼らは避難所に備蓄してあったツナ缶や水、牛乳などを少しずつ口にしながら飢えをしのいでいた。一気に食べてしまわないよう、計画的に消費していたという。「こんな状況にもかかわらず、彼らの健康状態は心身ともに極めて良好だ」

 救助活動は困難で時間を要し、2〜4カ月はかかる見通しだ。救助活動を指揮する鉱山技師のアンドレ・ソウガレットは、今のところ3つの穴を掘り進める計画だと語る。通信用、食料や酸素などの物資供給用、換気用だ。

 そして本格的な救助作業には、この3つとは別の穴が必要になる。作業員を1人ずつ引き上げるための、直径66センチの垂直トンネルだ。国営鉱山大手コデルコ社から重さ30トンの大型掘削機が現場に向かっている。政府はさらに、作業員らが長期にわたって閉鎖空間で生活することになるため、NASA(米航空宇宙局)にも支援を要請するとしている。

 国際技術コンサルタント会社アルカディスの鉱山技師アグスティン・オルガドは、救助作業の大半を地下に閉じ込められている作業員自身が行わなければならないだろうと話す。

「垂直トンネルは上と下から掘り進めることになると思われるが、作業員たちにとっては過酷な作業になるだろう。まず、彼らは健康状態を保たなければいけないうえ、救助隊が分解して届ける掘削機器をどう組み立て、どう動かすかを学ばなければならない。それから上に向かって穴を掘り進め、頭上から落ちてくる岩盤を取り除き、そのうち地上から掘り進めている救助隊を誘導する必要がある」

前にも死亡事故で山を閉鎖した会社

 48歳のゴルボルネ鉱山相にとっても、ここまでの道のりは過酷なものだった。大企業のCEO(最高経営責任者)から閣僚に任命されて1年足らずのゴルボルネは、閉じ込められた作業員とその家族らの命綱としての役割を果たしている。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

G20、米利下げ観測後退で債務巡る議論に緊急性=ブ

ビジネス

米EVリビアンが約1%人員削減発表、需要低迷受け今

ビジネス

USスチール買収計画の審査、通常通り実施へ=米NE

ビジネス

企業の資金需要DIはプラス4、経済の安定推移などで
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 8

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中