最新記事

北朝鮮

北でドイモイが始まる?

餓死者が出るほど食糧事情が悪化して、北朝鮮当局はデノミで破壊した自由市場の復活を認め始めた

2010年8月5日(木)15時41分
ブラッドリー・マーティン(ジャーナリスト)

瀬戸際 中朝国境の鴨緑江を遊覧する北朝鮮住民(5月) Jacky Chen-Reuters

 09年に核実験を強行し、国際社会から経済制裁を受けている北朝鮮が、国内の自由市場に対する規制を緩和せざるを得ない事態に追い込まれている。今年に入って、餓死者が出るほど食糧事情が悪化しているためだ。

 韓国の人権団体「良い友達」が北朝鮮の当局者や市民から得た情報によれば、朝鮮労働党は5月26日、下部組織への文書で食糧配給の中止と住民の「自給自足」を指示した。文書によれば、「予想以上に深刻」な食糧不足に対して「国家はいかなる措置も取れなくなった」という。

 食糧不足は悲惨だが、破綻した経済の本格的な改革が始まる日はそう遠くないかもしれない。

 北朝鮮当局は昨年11月、突然デノミ(通貨単位の切り下げ)を実施して、「反社会主義的」な自由市場を機能停止に追い込んだ。住民はそうした市場で物を売って稼ぎを蓄えていたが、デノミでその蓄えは紙くず同然になった。

 北朝鮮当局は、縮小あるいは一時的に閉鎖されていた市場に対する規制を緩和し、自由な取引を認めることで、国民が飢えから脱出することを期待している。国営企業の経営者には、従業員を養えるような、特にうまみのある外国との取引をするよう命じた。

 最終的には、ベトナムや中国で数十年前に始まったような、何年にも及ぶ改革運動に指導部が重い腰を上げることになるかもしれないと、製薬とコンピューターソフトウエアの分野で北朝鮮との合弁ビジネスに携わっているスイス人のフェリックス・アプトは言う。

ベトナムの道を歩むのか

「工業用資源の蓄積やインフラ整備に手の付けられない状態で、巨大な軍隊を維持することが、そもそも無理難題。非常に近い将来、経済改革は避けられない」と、平壌駐在欧州企業連合会の会長も務めたアプトは言う。「興味深い状況だ。個人的にはベトナムの改革の歴史を思い出す」

 アプトは平壌に行く前、ベトナムで長年ビジネスをした経験がある。「80年代初めのベトナム経済はひどいありさまだった」と、彼は言う。ホーチミン市のグエン・バン・リン党書記は穏健な経済改革を支持したが、時期尚早だったため書記の座を追われ、82年には政治局も去る羽目になった。

「ベトナム共産党のレ・ズアン書記長は経済改革に頭から反対していた。彼が86年に死去すると、その年の党大会はグエン・バン・リンを書記長に選出した。新書記長は直ちにドイモイ(刷新)に着手した」と、アプトは振り返る。

 アプトによれば、改革には引き金が必要だ。それがベトナムでは「政界トップの死」だった。北朝鮮の場合は、「破滅的なデノミ」が引き金になるかもしれない。

 北朝鮮と直接経済取引をしたことのある外国人のすべてが、最近の出来事が経済改革の引き金になると確信しているわけではない。アメリカ主導の制裁が北朝鮮の資本主義の芽を摘みかねないとの懸念もある。

「問題はやはり米財務省の姿勢だ」と、そうした外国人の1人は匿名を条件に語る。米財務省は数年前から北朝鮮を「国際金融システムから排除」することで、その貿易を邪魔しようとしているという。

 アメリカ主導の対北朝鮮制裁は、その後、一部緩和された。金正日(キム・ジョンイル)総書記を懐柔して核兵器開発をやめさせようとの思惑からだが、交渉は難航し、特に3月末の韓国哨戒艦沈没事件が北朝鮮によるものと断定されたことで、歩み寄りのムードはなくなった。最近の報道によれば、米政府は北朝鮮への資金流入を積極的に阻止する方向に動いている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米政府機関の一部閉鎖始まる、党派対立でつなぎ予算不

ビジネス

日産が「エクステラ」復活と売れ筋2車種の強化検討、

ワールド

G7財務相、ロシアへの圧力強める姿勢を共有=加藤財

ビジネス

米ADP民間雇用、9月ー3.2万人で予想に反し減少
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
特集:2025年の大谷翔平 二刀流の奇跡
2025年10月 7日号(9/30発売)

投手復帰のシーズンもプレーオフに進出。二刀流の復活劇をアメリカはどう見たか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 2
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけではない...領空侵犯した意外な国とその目的は?
  • 3
    【クイズ】身長272cm...人類史上、最も身長の高かった男性は「どこの国」出身?
  • 4
    「元は恐竜だったのにね...」行動が「完全に人間化」…
  • 5
    なぜ腕には脂肪がつきやすい? 専門家が教える、引…
  • 6
    女性兵士、花魁、ふんどし男......中国映画「731」が…
  • 7
    通勤費が高すぎて...「棺桶のような場所」で寝泊まり…
  • 8
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 9
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 10
    10代女子を襲う「トンデモ性知識」の波...15歳を装っ…
  • 1
    トイレの外に「覗き魔」がいる...娘の訴えに家を飛び出した父親が見つけた「犯人の正体」にSNS爆笑
  • 2
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外な国だった!
  • 3
    日本の小説が世界で爆売れし、英米の文学賞を席巻...「文学界の異変」が起きた本当の理由
  • 4
    ウクライナにドローンを送り込むのはロシアだけでは…
  • 5
    こんな場面は子連れ客に気をつかうべき! 母親が「怒…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】世界で1番「がん」になる人の割合が高い国…
  • 8
    コーチとグッチで明暗 Z世代が変える高級ブランド市…
  • 9
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ…
  • 10
    高校アメフトの試合中に「あまりに悪質なプレー」...…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 8
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中