最新記事

手記

人権なき中国という試練

2010年2月5日(金)14時09分
艾未未(アイ・ウェイウェイ、アーティスト)

 8月12日の早朝、四川省のホテルで眠っていた私は乱暴にドアをたたく音で目を覚ました。30人ほどの警察官が部屋になだれ込んできて私を小突き始めた。彼らは身分証明書の提示を求める私を殴り、腕を押さえ付け、誰かが頭を強くパンチした。この1カ月後、私は脳出血で死にかけることになる。

 四川省に行ったのは、人権活動家の譚作人(タン・ツオレン)の裁判に証人として出廷するためだ。譚は08年の四川大地震で生き埋めになった5000人以上の児童の名前を突き止めようとして、国家政権転覆扇動罪で起訴されていた。

 証言しようと思ったのは、私もこの悲劇の真相を突き止めようとしていたからだ。政府が情報の公開を拒んだので今年3月、私は自分のブログで市民に調査を呼び掛けた。「それぞれの命には尊厳がある。数字だけで片付けるべきではない。子供たちの名前は何だ? 親の名前は何だ?」

訪中でなぜ人権を議題にしない

 ボランティアたちが四川省政府の関係部署に計200回も電話をかけた。この件は国家機密だと政府職員は言ったが、検閲で閉鎖されるまでに5000人以上の児童の名前をブログで発表することができた。

 中国には政府が情報を明らかにしないという長い伝統があり、国民が真実を知ることは難しい。独立した司法制度も存在しない。証人の出廷を警察が阻止するなんて、まるでマフィアのようだ。その上、まともな疑問を投げ掛ける独立した報道機関も存在しない。

 11月にバラク・オバマ大統領が初めて訪中し、世界経済や気候変動について話し合った。私は彼を強く支持している。アメリカにとっても世界にとっても大きな希望だと思うからだ。しかしせっかく訪中しながら人権を議題にしないなんて、私には信じられない。中国経済がいくら発展しようが、国民の基本的人権も守られないなら何の意味もない。オバマは自由と人間の尊厳という西側の価値観をはっきり示すべきだ。

 結局、私は譚作人の裁判に出席できなかった。警官たちは私を殴った後、裁判が終わるまでホテルの部屋に監禁したのだ。

 1カ月後、私は個展のためにドイツのミュンヘンにいた。個展のタイトルは『非常に遺憾』とした。中国の指導者が大惨事の責任を逃れるためによく口にする言葉だ。会場の入り口には一面に子供たちの通学用リュックを並べた壁を作った。殴られて以来続いていた頭痛がひどくなっていたので病院で検査すると、脳出血で危険な状態だと言われた。

 すぐに手術を受け頭痛は治まった。だがわが中国の人々が自由に生きられるようになるまで、私の心の痛みが治まる日は来ない。

[2009年12月 9日号掲載]

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

中国GDP、第2四半期は5.2%増に鈍化 底堅さも

ワールド

トランプ氏の「芝居じみた最後通告」 ロシアは気にせ

ビジネス

焦点:来たる米Tビル大量発行、今後1年半で1兆ドル

ワールド

アングル:米政権の財政運営「視界不良」、情報不足に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 2
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 3
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 4
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 5
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 6
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 7
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 8
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 9
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 10
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中