最新記事

世界経済

中国の世紀がまだ来ない理由

中国は金融危機の勝者ではなく、「傷の浅かった敗者」に過ぎない

2010年1月20日(水)15時14分
ミンシン・ペイ(米クレアモント・マッケナ大学教授、中国専門家)

 誰もが信じる見方に反論するのは、時として非常に骨が折れるものだ。

 大半の専門家が、今度の金融危機で最も利益を得たのは中国だと言っている。確かにもっともな主張に聞こえる。

 欧米先進国では経済が急降下し、金融機関が軒並み破綻の危機に瀕している。ところが、中国経済は成長を続けている。国内の金融機関はわずか数年前には破綻状態に近かったが、今では欧米の銀行が羨むほど健全な経営状態と時価総額を誇っている。

 10年には、中国の経済成長率は9%になると予測される。そうなれば、間もなく日本を抜いてドル換算で世界第2の経済大国になる。イギリス人ジャーナリストのマーチン・ジャクスのような中国専門家は、やがて中国が世界を制すると予想する。

 しかし、「中国の世紀」を宣言するのは少しだけ待ってもらいたい。その前に、過去1年に中国に何が起きたかを別の角度から見てみよう。

 まったく奇妙な話だが、中国が世界を制するという予想がこれだけ主流になっているのに、中国人だけは信じたがらない。奇跡とも呼ばれる中国の経済回復を考えてみるといい。世界の経済界は危機に対する中国の対応に褒め言葉を使い尽くした観があるが、中国の指導部は今も不安を抱えている。

 指導部が懸念するのは、国内の銀行が熱に浮かされて無謀な融資に走ったことだ。このため「さまざまなリスクが増している」と、中国銀行業監督管理委員会の劉明康(リウ・ミンカン)委員長は9月に語っている。

大きすぎた奇跡の代償

 確かにそのとおりだ。09年上半期に中国の銀行は、将来的に不良債権化しかねない約1兆2000億ドルもの融資を行った。国有企業は融資された金の大半を不動産や株式投資に回し、いたずらに事業拡大に走った。北京のコンサルティング会社ドラゴノミクスの予測によれば、08〜10年の融資のうち最大で6分の1が不良債権化する恐れがある。

 しかし中国政府は、融資を止めようとしない。この資金がないと成長を維持できないことが露見するのを恐れているためだ。

 中国指導部はしきりに「過剰融資」への懸念を口にするが、それは大げさなのかもしれない。あるいは謙虚なだけかもしれないし、「中国の脅威」に対する欧米諸国の警戒心を和らげようとしているのかもしれない。しかしそれ以上にありうるのは、指導部が本当のことを正直に言っているという可能性だ。

 自国経済が世界で最も目覚ましい回復を遂げたことは、中国指導部も知っている。しかし、それも他国と比べればましというだけの話であることも知っている。実際のところ、中国は回復の過程で将来に大きな傷を残しかねない代償を払っている。

 不良債権の種をまいただけではない。投資重視の景気刺激策は、経済の不均衡をさらに増大させた。工場などの生産拠点は新たに生まれたが、消費者の購買力は向上しなかった。テレビや自動車や玩具がさらに量産されても、それを買う消費者がいない。

 しかも銀行のずさんな融資は、ほとんど国有企業だけに向けられた。効率の悪い巨大な国有企業はさらに事業を拡大し、大盤振る舞いの恩恵にあずかれなかった民間企業はその陰で犠牲になっている。

 安価な製品を量産する過剰な生産力への対策も取っていない。世界経済が好調で、アメリカがこれらの製品を大量に買っていた時代には、中国の輸出部門は2桁成長を続け、経済成長の4分の1近くに貢献していた。

 アメリカの消費者は借金まみれで、財布のひもを固く締めてしまった。もう中国製品に飛び付くことなど期待できない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国の米国産大豆の購入は「予定通り」─米財務長官=

ワールド

ハセットNEC委員長、次期FRB議長の最有力候補に

ビジネス

中国アリババ、7─9月期は増収減益 配送サービス拡

ビジネス

米国株式市場・午前=エヌビディアが2カ月ぶり安値、
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中