最新記事

イスラエル

暴走するエルサレム市長は「バットマン」

町を救うために戦う「若き大富豪」を気取るニル・バルカットだが、東エルサレムの帰属問題でアメリカとの衝突は必至

2009年10月27日(火)16時10分
ケビン・ペライノ(エルサレム支局長)

 パレスチナ自治区ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地の拡大凍結をめぐって、アメリカとイスラエルは先週、この数十年間で最も合意に近づいているように見えた。だが合意を目指して中東を歴訪していたジョージ・ミッチェル米中東特使は9月18日、結局イスラエルから譲歩を引き出せないまま帰国の途に就いた。

 イスラエルが特に譲れないのが東エルサレムだ。自国の正当な領土と主張するイスラエル側と、占領地と見なし、その帰属は交渉で決めるべきだとするアメリカや国際社会との溝はますます深まっている。

 その渦中にいるのが、08年11月に就任したエルサレム市長のニル・バルカットだ。市長には市内での住宅建設を承認する権限があり、ミッチェルの交渉の成否を左右する立場にある。

 49歳のバルカットは、決して狂信的なタイプではない。子供の頃、物理学の教師だった父親と共にアメリカで暮らした時期もあり、米政府の懸念には耳を傾けると言う。それでも、ベンヤミン・ネタニヤフ首相と同じく右派に属するから、エルサレムは自国の正当な領土という立場。だから「エルサレムは完全に(入植凍結)交渉の枠外」だと言う。

元IT実業家の大富豪

 国際社会が何と言おうと、ユダヤ人にはエルサレム全域で家を建てる権利があると、バルカットは言う。ビル・クリントン米元大統領が提案したエルサレム分割統治案には反対だ。

 一方で東エルサレムのアラブ系住民の家屋を取り壊し、ユダヤ人の住宅を建てる計画は推進する。どうせパレスチナ国家の建設は先の話、自分が市長である限りはユダヤ人の家が増え続けると、バルカットは言う。

 バルカットは市長選で53%の票を獲得したが、過激な物言いで物議を醸している。エルサレムに長く住む知識人たちは、市内に超正統派のユダヤ教徒が増えていることに危機感を抱き、世俗派のバルカットを支持した。しかし今では、信用したのは間違いだったと思い始めている。

 バルカットの市長就任後、東エルサレムで住宅建設が増えているという確かなデータはないが、実感は十分過ぎるほどある。

 バルカットは「エルサレムの安定を脅かしている」と、イスラエルの市民団体ピース・ナウのハジット・オフランは言う。同じく人権弁護士のダニー・サイデマンは、バルカットは「アメリカの重大な利益に対する戦略的脅威だ......最も過激な入植者団体の言いなりになっている」と指摘する。

 バルカットの強硬姿勢には家族の歴史も影響しているようだ。祖父母は30年代と40年代にポーランドとロシアからイスラエルに移住した。後に残った親戚は「全滅」したという。「ヨーロッパの真ん中で虐殺され、殺された。あれからまだ100年もたっていない」

 そうした記憶は、彼が分割統治案に反対する一因にもなっている。「イスラエルでは二度とホロコースト(ユダヤ人大虐殺)は起きない。交渉によって安全保障を放棄するわけにはいかない理由を、私は嫌というほど知っている」

 バルカットは20代の頃、実業界を目指した。80年代後半、エルサレムの旧市街で義母の店を手伝う傍ら、ビジネスを学んだ。その後、友人たちと会社を設立し、世界初のコンピューターウイルス撃退ソフトを開発して巨万の富を築いた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

関税交渉で来週早々に訪米、きょうは協議してない=赤

ワールド

アングル:アルゼンチン最高裁の地下にナチス資料、よ

ワールド

アングル:ドローン大量投入に活路、ロシアの攻勢に耐

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人口学者...経済への影響は「制裁よりも深刻」
  • 2
    「マシンに甘えた筋肉は使えない」...背中の筋肉細胞の遺伝子に火を点ける「プルアップ」とは何か?
  • 3
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 4
    父の急死後、「日本最年少」の上場企業社長に...サン…
  • 5
    約558億円で「過去の自分」を取り戻す...テイラー・…
  • 6
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失…
  • 7
    日本では「戦争が終わって80年」...来日して35年目の…
  • 8
    ドクイトグモに噛まれた女性、顔全体に「恐ろしい症…
  • 9
    【クイズ】世界で1番売れている「日本の漫画」はどれ…
  • 10
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウ…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 4
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 5
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 6
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 7
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中