最新記事

北朝鮮

瀬戸際の将軍様と謎のプリンスたち

2009年8月27日(木)16時41分
エバン・トーマス、スザンヌ・スモーリー、マーク・ホーゼンボール、ダニエル・ストーン(ワシントン支局)、横田孝(東京)、トレーシー・マクニコル(ベルン)、李炳宗(ソウル)

ワールドカップ出場も正雲の功績

 ジョンウンが通っていたのはベルンに近いリーベフェルトという町の公立学校だったという情報も最近報じられたが、この説にもしっくりこない点がある。正雲とされる男の子が付き添いなしで自転車通学をしていたとは信じ難い。

 ジョンウンも次男の正哲も、帰国後は平壌にある金日成軍事総合大学に進んだ。この大学では、スイスで自由な思想を身に付けていたとしてもことごとく消し去られて、北朝鮮の偏った政治哲学を頭にたたき込まれたに違いない。

 少なくとも米韓の情報機関の間では、26歳のジョンウンが次期指導者への道を歩んでいるという点で意見が一致しているようだ。欧米のある情報機関関係者(機密情報であることを理由に匿名を希望)によると、金正日周辺はジョンウンを「英明な同志」と呼ぶよう指示されているという。ジョンウンが後継者に内定したという報道は「本当だと思う」と、長男の正男も最近テレビ朝日のインタビューで語っている。

 ソウルの対北朝鮮民間ラジオ放送「開かれた北朝鮮放送」によると、北朝鮮の兵士たちはこの1カ月、正雲の「革命的な偉業」について教え込まれているという。ジョンウンは「金正日将軍の理念と指導力を完全に実現する若き将軍」だと称賛され、芸術や哲学の天才と呼ばれている。北朝鮮を2010年のサッカー・ワールドカップ出場に導いたのも、ジョンウンの功績ということになっている。

 金正日は瀕死の状態ではないかもしれないが、「以前よりも怒りっぽく、せっかちになった」と、国家安保戦略研究所(ソウル)の南成旭所長は言う。確かに5月には核実験を強行し、友好国のロシアや中国がそれを非難すると両国政府を厳しく批判した。韓国では、最近の米韓に対するサイバー攻撃と金を結び付ける見方もある。金は世界に多くの敵をつくったまま、世を去ることになりそうだ。

 元米外交官のウェンディ・シャーマンは、00年に金正日と会ったときの印象を「極めて知的で自信家で雄弁な男性」と語る。「博識で、用意周到な人物だった」

 ジョンウンがそれほどの自信を持って振る舞えるとは想像しにくい。年齢と知恵を重んじる儒教の教えが根強い北朝鮮では、ジョンウンの準備が整うまで、「摂政」が国を統治する可能性もある。その最有力候補は朝鮮労働党行政部長の張成沢だ。かつて汚職を理由に(恐らく本当の理由は長男の正男と接近し過ぎたことだった)失脚させられたが、現在は復権して金取引のかなりの部分を取り仕切っている。

 金正日が生きている限り、軍の幹部たちは「英明な同志」に忠誠を示すだろう。しかし親愛なる指導者がいなくなれば、激しい権力闘争に突入し、黄金と核兵器の争奪戦が始まるかもしれない。

[2009年8月 5日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

EU、自動車業界の圧力でエンジン車禁止を緩和へ

ワールド

中国、EU産豚肉関税を引き下げ 1年半の調査期間経

ビジネス

英失業率、8─10月は5.1%へ上昇 賃金の伸び鈍

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、12月速報値は51.9 3カ月
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 9
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 10
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中