最新記事

アメリカ経済

「財政の崖」の次にアメリカを待つ危機

自動的な歳出削減は2カ月先送りされただけ。債務上限引き上げという難問も待っている

2013年1月16日(水)14時17分
ジョン・アブロン(本誌シニアコラムニスト)

まだハーフタイム オバマ(右)と共和党指導部のぎりぎりの駆け引きはまだ続く Jonathan Ernst-Reuters

「アメリカ人は正しいことをすると期待していい。ただし、正しいこと以外のすべてをやり尽くした後でのことだが」──イギリスのウィンストン・チャーチル元首相はかつてこう言った。

 だがそれにしても、減税失効と自動的な歳出削減が重なる「財政の崖」を土壇場で回避するための米民主・共和両党のドタバタ劇はひど過ぎた。

 歳出削減の合意については518日間の準備期間があったはずだ。ブッシュ前大統領時代に施行された減税措置の失効は12年前から予測できていた。にもかかわらず、上下両院が米経済の「崖転落」を阻止できたのは転落寸前といった状況でのことだった。

 外から見てもめちゃくちゃだったが、関係者によれば議会内部の雰囲気はもっとひどかった。1月1日の日が暮れようとしているなか、共和党のエリック・カンター下院院内総務が、上院で可決された超党派法案に反対を表明。これで下院共和党は大混乱に陥った。カンターら保守派が反対した理由は、歳出削減策が含まれていないというものだった。

 確かに歳出削減は先送りされた。だが現時点で、それは重要な問題ではない。
昨年12月、共和党のジョン・ベイナー下院議長主導の妥協案が保守派の反対により下院で採決できなかった時点で、満足のいく合意形成の期待は消え去った。下院共和党には事態を打開する機会があったが、それも彼らが長いクリスマス休暇を楽しむためにワシントンを留守にし、交渉の責任を上院に押し付けたことで失われた。

 結局、年末年始のドタバタ劇の末に財政の崖に架けられた「橋」は、税に関する妥協案が主な「建材」となった。米国民の98%が対象となる減税を延長し、500万ドル以上の資産を対象とする遺産税(日本の相続税に相当)の税率は40%に引き上げるといったところが主な内容になっている。

本当の闘いはこれから

 国の歳入は増えるが、リベラル派が望んでいた水準には達しない。アメリカ労働総同盟・産業別組合会議は、今回の合意内容に強く反対している。

 にもかかわらず、下院での採決では民主党の賛成票が172に達した。共和党からの賛成票はわずか85と半数で、反対票は151にも上った(民主党の反対票はわずか16)。

 法案は可決されたが、喜ぶのはまだ早い。財政の崖は2カ月先に「移動」しただけだ。

 自動的な歳出削減については期限が3月1日に先送りされたにすぎず、その頃までには債務上限の引き上げも行わなければならない。それまでに大統領と共和党指導部が社会保障制度改革や税制の改革、歳出削減について何らかの合意に達することができるだろうか。

 ぎりぎりで「崖」回避が達成されたばかりでこんなことを言うのはばかげているかもしれないが、本当に厳しい政治闘争はこれからだ。

 懸案となっている社会保障制度改革は、国民の98%への減税措置を維持するかどうかをめぐる議論よりもずっと難しい。まして税制改革となれば、ロビイストなどが総力を挙げて「参戦」してくるため、事態はさらに紛糾するだろう。

 ワシントン政界の今回の醜いドタバタ劇は、連邦議会がアメリカで最も人気のない公共機関であることを私たちに思い起こさせた。最新の世論調査では国民の77%が「ワシントン流の政治が国に深刻な害をもたらしている」と回答している。

 私たちは今後2カ月、それをさらに実感する「証拠」の数々を目にするだろう。

[2013年1月16日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日揮HD、純利益予想を280億円に引き上げ 工事採

ビジネス

日経平均は反落、買い一巡後に調整 ハイテク株安い

ビジネス

出光興産、発行済み株の3.5%・300億円上限に自

ビジネス

午後3時のドルは154円前半、リスクオンで9カ月ぶ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    インスタントラーメンが脳に悪影響? 米研究が示す「…
  • 7
    ギザのピラミッドにあると言われていた「失われた入…
  • 8
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中