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「失言」89歳記者は偉大だったのか

反イスラエル発言で引退に追い込まれた長老記者へレン・トーマスだが、彼女の業績は正当に評価すべきだ

2010年6月14日(月)18時01分
エレノア・クリフト(本誌コラムニスト)

名物記者 ホワイトハウス記者会見室の最前列がトーマスの「指定席」だった Joshua Roberts-Reuters

「good riddance to Helen Thomas(=ヘレン・トーマスが辞めてせいせいした)」というフレーズをグーグルで検索すると、4万1700件ヒットした。いまネット上でこの89歳のベテラン記者がいかに反感を買っているかがよく分かる。

 トーマスは、ジョン・F・ケネディ大統領以来、歴代のアメリカ大統領を取材し続けてきたジャーナリスト。この半世紀、ホワイトハウスの記者会見室にはいつもこの女性の姿があった。

 批判を浴びているのは、パレスチナ問題に関する最近の発言が原因だ。ユダヤ人入植者はパレスチナを去るべきだと、トーマスは述べた。ユダヤ人はニューヨークのブルックリンに帰るべしと言ったのであれば、おそらく大騒ぎにはならなかっただろう。問題は、ドイツやポーランドに帰ればいいと言ったことだった。

 ドイツとポーランドは、ナチスのホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の舞台となった国だ。発言は激しい反発を買い、トーマスのジャーナリスト人生に思わぬ形で終止符が打たれることになった。「私は過ちを犯した」と謝罪しても、許しは与えられなかった。トーマスは6月7日、引退を表明した。

ブッシュ前大統領と記者会見で対決

 トーマスは通信社の速記者から出発して、リベラル派ジャーナリズムのシンボル的な存在になっていった。ほかの記者たちがイラク戦争を盛り上げるような報道を続けるなか、ホワイトハウスの記者会見で当時のジョージ・W・ブッシュ大統領に批判を突きつけたことでもよく知られている。

 ニュー・リパブリック誌のジョナサン・チェートはこうした半生に感銘を受けなかった。トーマスにはスクープが1つもないと、06年の記事(今回の事件を機に再掲)でチェートは指摘。ブッシュ前大統領への攻撃的な質問は「記者会見の場にふさわしくない上に、戦略としても失敗だった」と書いている。その質問によりトーマス自身は左派の評価を得たが、結果として保守派に左派叩きの口実を与えてしまった、というのだ。

 この指摘にも一理ある。しかしなぜ、トーマスだけをやり玉に挙げるのか。ホワイトハウス担当の記者はたいてい、スクープは飛ばさない(ウォーターゲート事件をすっぱ抜いたワシントン・ポスト紙のボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインは社会部の記者だった)。それに、逆効果という面があったにせよ、大統領の権威に怖気づかずにブッシュを堂々と批判する姿勢は新鮮だった。

「舌禍事件」でトーマスの運命が暗転する前夜、私はアメリカ・ニュースウーマンクラブが女性ジャーナリストに与える「ヘレン・トーマス賞」を授与された。このベテラン記者の名を冠した賞の受賞者として私がせめて訴えたいのは、最後の「失言」だけで判断するのでなく、それまでの業績でトーマスを評価してほしいということだ。

 ただし、今回の発言には弁解の余地がない。これまでもトーマスは、パレスチナ問題に関して歯に衣着せずに発言し続けてきた。レバノン移民2世として、このテーマについて言っておくべきことがあると感じていた。

 そうだとしても、5月27日、ユダヤ系ジャーナリスト、デービッド・ネセノフのインタビューに応じて軽はずみにしゃべった言葉は一線を越えていた。自分の発言が人々の怒りを買うことに、本人はまったく気づいていなかった。

ベテラン記者もそろそろ潮時だった

 高齢のせいなのか、あるいは名声がもたらす思い上がりのせいなのか。最近のトーマスは、思ったことをそのまま口にするケースが目立った。ある程度の年齢になると、思ったことを何でも言っていいと感じていたのだろうか。

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