最新記事

米政治

オバマ医療「改革」の幻想

無保険者を減らして医療費の伸びを抑制する──そんな虫のいい話を信じ込ませるオバマにだまされるな

2009年9月4日(金)15時23分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

 アメリカの医療保険をめぐる議論で、最も間違った使い方をされているのが「改革」という言葉だ。改革が必要なのは誰でも分かるが、問題はその中身だ。

 バラク・オバマ大統領が描く改革プランには、みんなが満足するだろう。無保険者を減らす一方で、医療費の膨張を抑制し、未来の世代に財政赤字のツケを残さず、医療の質を高める......。こうした主張は人気取りのための誇張で、政治的な幻想にすぎない。そのばら色の約束が、真剣な国民的議論を封じ込めている。

 改革が抱える矛盾をオバマ政権は隠そうとしている。4~8年といった短期間で、無保険者を保険に入れて、なおかつ医療費の伸びを抑えることなど不可能だ。

 なんらかの抑制手段を取らない限り、保険加入者が増えれば当然、医療費は膨らむ。オバマは無駄をなくし医療費を抑える必要性をしきりに訴えているが、治療と医療費の仕組みを変えていくには何年もかかるし、痛みも伴う。

 例えば患者の負担が増えたり、医師や病院の選択肢が制限されかねない。しかし、オバマはこうした問題を軽くみている。実際には、どんな措置が有効かはっきりしないこともあり、なんら抑制策が取られないまま保険加入者の拡大が進むことになりそうだ。

財政赤字の拡大は必至

 下院に提出される民主党の改革法案では、メディケイド(低所得者医療保険制度)の対象枠を広げ、民間保険会社への補助金を増やすことで、無保険者を07年の4600万人から19年には1700万人に減らせるという。

 そのコストは今後10年で1兆ドルに上り、財政赤字は2390ドルドル増える。しかも、高所得層への増税などで財源を確保しても、コスト増にはとうてい追い付かない。

 08年の予測では、医療費分の財政赤字は19年には650億ドルに上るという。年率4%赤字が増えるとすれば、次の10年間で累積赤字は8000億ドルに達する。

 それでもオバマは、「医療保険改革で、あなたとあなたの家族の負担は減る」と断言する(国が補助金を出さない限り、負担が減ることはあり得ないが)。

 オバマに言わせれば、「一番高価な医療ではなく、一番質の高い医療を提供するよう医師たちを奨励していく」ことで、「長期的に財政赤字を減らせる」という。

 だが客観的に判断して、この改革案は医療費の膨張をエスカレートさせる結果になりそうだ。
オバマは演説が非常にうまいので、誤解を招く発言も理にかなった意見に聞こえてしまうが、本質を見誤ってはならない。

 オバマ政権は保険加入者の増加と、医療費抑制のどちらを重視するのか選ぶべきだった。この2つの両立は不可能なのだから。

事態はむしろ悪化する

 オバマは「皆保険」への一歩として、加入者の拡大を選んだ。これにより、何百万ものアメリカ人がより手厚い医療を受けられるようになるだろう(ただし彼らの健康レベルが上がる保証はない。何しろオバマは、無駄な医療が横行していると言っているのだから)。既に保険に入っている人も、無保険者に転落する心配がなくなって安堵するかもしれない。

 しかし多くの個人が恩恵を受けても、社会全体としては痛手を受けるかもしれない。これが医療保険制度改革の矛盾点だ。

 医療費の膨張がエスカレートすれば給与から天引きされる保険料が上がり、連邦政府や州・地方自治体の提供するその他の公共サービスの予算が圧迫される。税金は上がり、財政赤字は増える。

 オバマはこうした問題にも触れているが、その解決に真剣に取り組む気配はない。改革の幻想をばらまき口先でコスト抑制を唱えつつ、福祉を拡大するというお決まりのやり方を踏襲するばかりだ。 メディアは改革という言葉をカギカッコ付きで使うべきだろう。この「改革」はむしろ事態を悪化させかねないからだ。

[2009年8月 5日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

EU首脳、ウクライナ財政支援で合意 ロシア資産の活

ビジネス

全国コアCPI、9月は+2.9%に加速 電気・ガス

ビジネス

米失業保険申請件数、先週は増加 給付受領も増加=エ

ワールド

ベネズエラ麻薬組織への地上攻撃、トランプ氏が改めて
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 2
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシアに続くのは意外な「あの国」!?
  • 3
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺している動物は?
  • 4
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 5
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 6
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 7
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 8
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 9
    「石炭の時代は終わった」南アジア4カ国で進む、知ら…
  • 10
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 6
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 10
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中