最新記事

アメリカ政治

笑えない「オバマは偽アメリカ人」騒動

オバマはケニア生まれで大統領になる資格はないと本気で信じる「バーサーズ」運動の中核をなす人々は、アメリカを分断する破壊の伝統を担ってきた危険な存在だ

2009年7月29日(水)17時44分
ハワード・ファインマン(本誌コラムニスト)

生まれ故郷? ガーナ訪問の際に「アフリカ生まれ」と報じられたことで、オバマの出生をめぐる論争に火がついた Luc Gnago-Reuters

 政治の世界では、吠えない犬が最もうるさい。

 7月27日、ホワイトハウスでロバート・ギブス大統領報道官の話を聞きながら、私はそんな言葉を思い出していた。

 バラク・オバマ大統領がハワイ生まれではなく、実際にはケニアで生まれたという疑惑がインターネットでヒステリーとも言うべき騒ぎを巻き起こしている件について、記者がギブスに質問したときのことだ(噂は以前からあったが、7月中旬にオバマがガーナを訪問した際、ガーナの報道機関が「生まれ故郷の大陸」に戻ったと報じたことで疑惑に火がついた。アメリカ生まれでなければ、大統領になる資格はない)。

 ギブスは常に穏やかな物腰を崩さない人物だが、それを差し引いても極めてリラックスした様子だった。怒りというより悲しみに暮れた表情で、彼は大統領の出生に関わる疑惑が取りざたされる事態を嘆いてみせた。そして、なんと疑惑について語りだした。

 大統領に代わって怒りを露わにするのは報道官が最初に覚えるべき仕事だが、ギブスは冷静さを失わず、この問題に関心がないようにさえ見えた。「ホワイトハウスの記者会見場のような恐れ多い場所で、大統領がアメリカ生まれでないなどというナンセンスな作り話を論じるなんて、あまり気が進まない」と、ギブスは言った。

保守衰退で底辺の危険思想が露わに

 キーワードは、「あまり気が進まない」の「あまり」というところ。

 実際には、ホワイトハウスの賢者たちは、このスキャンダルを政治的に利用できると考えているようだ。合法的な保守主義やそれを支える共和党が弱体化している今、何にでも反対する原理主義者や偏執狂の人々に注目が集まることが政治的利益になる、と踏んでいるのだ。

 川の水位が下がると、川底の岩が水面に現れる。同じように、共和党の力が衰えているから、根拠のない噂に飛びつく底辺のおかしな連中の存在が目立つ。

 ホワイトハウスもそれをわかっている。だから、根も葉もないオバマの出生疑惑が話題になって、夏休みに地元に帰る共和党議員を振り回しても構わないと思っている。

 オバマの側近は、共和党のジム・インホフ上院議員(オクラホマ州選出)の発言を喜々としてあげつらった。インホフは、出生疑惑を信じる「バーサーズ」と名乗る集団の考えは「的を射ている。彼らの活動を阻止しようとは思わない」と語った。あるホワイトハウス関係者は、インホフが地球温暖化を「グローバルないかさま」と呼んだことも、嬉しそうに指摘した。

 その狙いはこうだ。インホフが共和党員の典型だと国民に信じさせることができれば、オバマは共和党が猛烈に反対する医療保険制度改革こそ、真の「改革」として売り込めるかもしれない。

 オバマの出生に関しては事務的な不備があったせいで、懐疑派が疑念をもつ余地がある。オバマはハワイ州が2007年に発行した出生証明書を所持している(複数の目撃者もいる)が、原本は01年の記録の電子化の際にでも失われたか、入手不可能になってしまった。

 だが、どんな理由があるにせよ、法的には問題にならない。既存の出生証明書は有効であり、ハワイ州当局の複数の関係者もそれを保証している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドイツの企業経営破綻、25年は前年比8.3%増で1

ワールド

白人至上主義は南アの主権を脅かす=ラマポーザ大統領

ワールド

タイ、領内のカンボジア軍排除へ作戦開始 国境沿いで

ビジネス

豪11月企業景況感指数は低下、売上高・利益減少 生
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 9
    米、ウクライナ支援から「撤退の可能性」──トランプ…
  • 10
    死刑は「やむを得ない」と言う人は、おそらく本当の…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中