最新記事

米司法

オバマ指名判事への的外れ批判

オバマがヒスパニック系女性のソトマイヨールを最高裁判事に指名した。共和党はさっそく猛攻撃を始めたがどれも的はずれだ

2009年5月27日(水)19時07分
ダリア・リスウィック(司法ジャーナリスト)

話題騒然 オバマによるソトマイヨール(右)の連邦最高裁判事指名は大きな議論を呼んでいる(5月26日、ホワイトハウス) Larry Downing-Reuters

 米連邦最高裁判事の指名承認公聴会は、どういうわけか人間をがさつにする。上院司法委員会のまぶしい光が、人間のいちばん嫌な部分をあぶりだすのかもしれない。いつもは理性的で知的な委員会のメンバーが、やかましくて意地悪な集団に変身する。

 ブッシュ政権時代に指名されたジョン・ロバーツ連邦最高裁判所長官やサミュエル・アリート連邦最高裁判事は、女嫌いで人種差別的だと民主党から批判を受けた。5月26日にバラク・オバマ大統領が新しい連邦最高裁判事に指名したソニア・ソトマイヨール連邦高裁判事も、共和党陣営から同じような扱いを受けることになりそうだ。

 共和党系団体「司法承認ネットワーク」の顧問弁護士であるウェンディ・ロングは早速、ソトマイヨールは「法律の条文よりも自分の政治的アジェンダを重視する第一級のリベラル司法積極主義者」だと攻撃した(それにしてもこういう言葉は古臭くないか。ロングたちは類語辞典を持っていないのだろうか)。

 今のところソトマイヨール反対論の多くは、ヒスパニック系で貧しい環境に育った彼女には強い先入観があり、法律と個人的な使命感を分けて考えることができないという主張に終始している。

 ワシントンポスト紙のコラムニストであるチャールズ・クラウトハマーは5月26日のFOXニュースで、ソトマイヨールは「正義よりも特定の人種への懸念を優先する」と警告。人工妊娠中絶に反対するアメリカンズ・ユナイテッド・フォー・ライフのシャーメイン・ヨースト会長はソトマイヨールを、「連邦最高裁を全米中絶管理委員会に変えるような方針を作るのが裁判所の仕事だと思っている過激な人物」と批判した。だがソトマイヨールは中絶に関する判決を1件しか下したことがないし、その判決は中絶の権利に反対するものだった。

連邦高裁での判決は中道寄り

 共和党が「ソトマイヨールは女性やマイノリティーの権利を重視するあまり公平な判断を下せない」という誤った主張にしがみつくなら、彼らに勝ち目はない。なにしろ08年の大統領選ではヒスパニックの67%、女性の58%、そして黒人の96%がオバマに投票している。

 そもそもソトマイヨールを人間的過ぎて判事には向かないなどと批判するのは間違っている。第一、そうした批判はほかの人間に対する侮辱になりかねない。

 ソトマイヨール批判が偽善的と言われるようになるのも時間の問題だ。共和党はアリートやクラレンス・トーマス連邦最高裁判事が指名されたときは、彼らが貧しい子供時代を送ったことを極めて人間的で判事として強みになる要素だと擁護した。

 そんなアイデンティティー論争に夢中になるより、保守派はソトマイヨールが数多く手がけた判決文や論文に目を通すべきだ。それらをじっくりと読めば批判すべき点がほとんどないことに気付くだろう。連邦最高裁の運営するSCOTUSブログに掲載されているように、連邦高等裁判所でソトマイヨールが下した判決は極めて中道寄りで法律にも忠実だ。その立場は司法積極主義者とされる故ウィリアム・ブレナン判事よりも、6月に退官する予定のデービッド・スーター判事にずっと近い。

 ソトマイヨールが下した判決のうち2件は連邦最高裁で覆されている。だがソトマイヨールは連邦検事や企業の顧問弁護士の経験もある。なにより彼女を連邦地裁判事に指名したのは共和党のジョージ・H・W・ブッシュ元大統領だ。

 ホワイトハウスは26日、こう指摘した。「これまでソトマイヨールが担当した裁判のうち裁判官3人の合議審で、共和党大統領が指名した判事が少なくとも1人入っていた場合、ソトマイヨールとその判事は95%の確率で結論に合意している」。

 彼女が法律を離れて個人的な希望を優先した司法判断を下しているという証拠はどこにもない。確かに彼女はニューヘブン市の消防士昇進試験をめぐる裁判を担当した(合格した消防士の大半が白人だったため、市当局が試験を無効として昇進させなかったことを妥当と判断)。

 反対派はこの判決を根拠に、ソトマイヨールは白人男性に対して一生がかりの恨みを持っていると批判するかもしれないが、だからといって彼女が司法積極主義者だとは言えない。オバマ政権高官も26日、「(ニューヘブン判決は)第2巡回区控訴裁判所の判例に沿ったものであり、ソトマイヨールを司法積極主義者だと批判することはできない」と指摘した。判事としての経歴は、彼女が傲慢であるどころかきわめて謙虚であることを示している。

共和党の批判は矛盾だらけ

 だが当面は彼女が02年にカリフォルニア大学バークレー校で行ったスピーチが論争を呼ぶだろう。「司法判断における人種と性差の影響」と題されたスピーチで彼女は、「経験豊かで賢いラテンアメリカ系女性が、大抵の場合は(経験の乏しい)白人男性よりも優れた判断を下せるようになってほしい」と語った。

 さらに彼女は「公平を期そうとするのは野心ともいえる。私たちは経験によって他人と異なる判断を下すものだ。公平を期するというのはその事実を否定しようとする試みだ」と指摘。司法判断に個人の経験が与える影響を冷静に分析してみせた。

 彼女は白人男性よりも知識があるような素振りをしたことはないし、ヒスパニック系や女性の全てを代弁するような発言もしたこともない。判事によって判決も違ってくる可能性があると言っているにすぎない。その点は誰も反論できないはずだ。

 ソトマイヨールは感情的で法律を公平に適用できないという右派の大合唱は、すでにこっけいな響きを持ち始めている。その騒ぎはまだ始まったばかりだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、メキシコ産トマトの大半に約17%関税 合意離脱

ワールド

米、輸入ドローン・ポリシリコン巡る安保調査開始=商

ワールド

事故調査まだ終わらずとエアインディアCEO、報告書

ビジネス

スタバ、北米で出社義務を週4日に拡大へ=CEO
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 2
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 3
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別「年収ランキング」を発表
  • 4
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 7
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 10
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中