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NYテロ摘発の切り札は潜入スパイ

ニューヨーク市警がテロ未遂事件の摘発を積極的に公表する裏には、テロリスト予備軍への「メッセージ」があった

2009年5月22日(金)17時25分
クリストファー・ディッキー

シナゴーグ爆破未遂事件でクロミティ容疑者とともに逮捕されたデービッド・ウィリアムズ(中央) Chip East-Reuters

 5月20日の夜、ニューヨーク市内。

 ジェームズ・クロミティら4人の男が乗ったSUV(スポーツユーティリティー車)は、走り出てきた警察の大型トラックに行く手をふさがれた。同時に、ニューヨーク市警の特殊部隊がSUVにいっせいに襲いかかった。クロミティらは同市ブロンクスにあるシナゴーグ(ユダヤ教会堂)の爆破未遂容疑で逮捕された。

 計画が事前に漏れていたことに気づかないなど、なんとも間の抜けた話だ。だが過去にも、アルカイダにあこがれたテロリスト予備軍が起こした事件では同じようなパターンが繰り返されている。04年のニューヨークのヘラルド・スクエア駅爆破未遂事件しかり、07年のジョン・F・ケネディ空港の燃料タンク爆破未遂事件しかり。

 いずれの事件でも、計画の早い時期からおとり捜査官や情報提供者が容疑者グループと接触していた。アメリカを糾弾し自らは殉教によって天国に行こうと夢みるテロリストたちは、内通者を自分たちの協力者と勘違いしたのだ。

テロリストのすぐそばに内通者

 市警関係者への取材によると、テロ未遂事件の摘発を市警がわざわざ公表するにはいくつか理由がある。

 まず当然の理由として、テロ容疑者は実際に法律を破ろうとしており、一般市民が被害に遭う可能性があったということ。もう一つはテロの脅威は消えたわけではないと改めて市民の注意を喚起するためだ。

 多くの場合、当局はテロ未遂の容疑者を捕らえはしても不起訴処分にしている。事件を未然に防ぐとともに、新たな情報源を確保することに重点が置かれているからだ。

 また、摘発を公表すれば、テロリスト予備軍に対し心理的な「メッセージ」を送ることもできる。3人か4人集まってニューヨークでテロを起こそうと思っても、仲間の1人は内通者かもしれないぞ――と。

 冒頭の事件でも、摘発の陰には過去6年間にわたってFBI(米連邦捜査局)に協力してきた「身元を明かせない証人(CW)」の活躍があった。

会話は筒抜け、爆弾は偽物

 告発状によれば、CWがニューヨーク州ニューバーグのモスクでクロミティらと接触したのは08年6月のことだった。

 きっかけは地元の住民からの通報。クロミティはイスラム教に改宗しており、アブドゥル・ラーマンと名乗っていた。そしてCWは、米軍がアフガニスタンやパキスタンで現地の人々を死に追いやっていることにクロミティが激しい怒りをいだいていることをつかむ。クロミティは「アメリカに対して何か」事件を起こしてやると語り、3人の仲間をテロ計画に引き込んだという。

 それからの1年、クロミティ一味との会話は録音され、ついにはビデオ録画までされるようになった。その間、彼らはプラスチック爆弾をCWから入手したと信じ込んでいた。一味はまた、ニューバーグ近くの基地から飛び立つ空軍機を撃ち落とすためのスティンガーミサイルの入手に、CWが力を貸してくれたとも思い込んでいた。だが実際には、爆弾もミサイルも偽物だった。

 クロミティらの計画は、空軍機撃墜に続けて2カ所のシナゴーグ周辺に仕掛けた複数の爆弾を、携帯電話を起爆装置として爆発させるというものだったらしい。

 だがその前に立ちはだかったのが、警察の大型トラックだった。

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