最新記事

テロ

運命を変えたグアンタナモの夜

宗教に縁のない若き米兵をイスラムに目覚めさせたのは、グアンタナモ基地の「テロ容疑者」と交わした会話だった

2009年4月21日(火)14時13分
ダン・エフロン(ワシントン支局)

改宗への回廊 ホールドブルックスが収容者との対話でイスラムの信仰に目覚めたグアンタナモ基地 
Joe Skipper-Reuters

 米陸軍兵士テリー・ホールドブルックス(第463憲兵中隊所属)は、20歳そこそこでグアンタナモ米海軍基地に配属された。任務は、そこに収容された「テロ容疑者」を監視すること。だが半年ほどたった04年前半のある晩、「収容者番号590」のモロッコ人(米軍側の通称は「将軍」)と運命的な対話をした。

 日中の勤務なら収容者を尋問に連れて行ったり、独房棟を巡回して収容者どうしがメモを回していないかを監視するなどの任務で時間が過ぎていった。しかし夜勤の仕事は「通路の床のモップかけくらい」で暇だった。だから、時には通路の真ん中に腰を下ろし、独房のドアの金網越しに収容者と雑談して時間をつぶしたものだ。

 そのうち、ホールドブルックスは「将軍」ことアフメド・エラチディに心を開くようになった。そして彼と話すたびに収容所の体制への疑念がつのり、これが正義なのか、こんなことでいいのかと真剣に考えるようになった。

 やがて、ホールドブルックスはアラビア語とイスラムに関する書物を何冊も取り寄せた。そして運命の晩が来た。気がつけばエラチディと「シャハーダ」の話をしていた。「神はアラーの他になく、ムハンマドはアラーの預言者である」という信仰告白の言葉で、これをアラビア語で唱えればイスラム教徒になれるのだった。

 ホールドブルックスはペンとメモ帳を金網越しにエラチディに渡し、シャハーダの英訳とアラビア語での発音をアルファベット化したものを受け取った。それをたどたどしく読み上げた瞬間、このアメリカ兵はグアンタナモのテロ容疑者収容所で、イスラムに改宗したのである。

 後世の歴史家がグアンタナモを評価するとき、主眼となるのは現場での捕虜虐待やブッシュ政権の超法規的措置だろう。実はホールドブルック(05年に退役)も、そうした状況の証人の1人だ。本誌の数週間に及ぶ取材のなかで、ホールドブルックスと別の元看守は、ひたすら9・11テロへの報復を望む兵士や衛生兵や尋問者が収容者を侮辱し、ときに虐待もしていたと語っている。

 それでも、グアンタナモを覆い隠していた霧がしだいに晴れるにつれ、別な光景も浮かび始めている。意外に思われるだろうが、看守役の兵士と収容者の一部はかなり率直に言葉を交わし、政治や宗教だけでなく、音楽や趣味の話もしていたらしい。こうした交流は双方に互いへの関心を、ときには共感を生み出していった。

「こちらを見下さない看守とならば、私たちも話をしていた」と、グアンタナモに5年間収容され、07年に釈放されたエラチディは言う。「あらゆることを話した。雑談もしたし、私たちに共通する話題についてもだ」と、エラチディはモロッコの自宅から本誌に送ったeメールに書いている。

「本当にテロリストなのか」

 もちろんホールドブルックスは例外だ。グアンタナモでイスラムに改宗したと名乗り出た米兵は、他に1人もいない(ただしエラチディによれば、関心を示した米兵は他にもいた)。ふつうの刑務所でも、看守と囚人が仲よくなる例はほとんどない。

 しかも、ホールドブルックスは根っからのあまのじゃくだ。邪推しすぎるきらいもある。彼の部隊がニューヨークの9・11テロ現場を訪れたとき、ホールドブルックスは、このテロにはブッシュ政権が一枚かんでいるに違いないと考えたという。

 しかしグアンタナモに最初の容疑者が送られてきた02年の時点で、すでに疑念を抱いていた米兵がいたのも事実だ。送られてきた人たちが、とても「凶悪犯」には見えなかったからだ。

 当時グアンタナモにいたブランドン・ニーリーは、すぐに任務に幻滅したという。「収容者がなぜこんなひどい扱いを受けるのか、彼らは本当にテロリストなのかと自問していた」と、ニーリーは本誌に語った。エミネムやジェームズ・ボンドが好きで、他の収容者にラップや歌を聞かせていたルハル・アフメドと長い時間語り合ったという。同じく元看守のクリストファー・アレントは今年、元収容者たちとヨーロッパ各地で講演し、収容所を批判している。

 アリゾナ州フェニックスでの子供時代は悲惨だったと、ホールドブルックスは言う。両親は麻薬常習者で自分自身も02年に軍に入るまでは酒浸りだった。「ひねくれた見方」をするのは、そのせいかもしれないという。

 ホールドブルックスは左右の耳たぶに大きな硬貨くらいの穴を開け、木製の円盤をはめている。ホラー映画グッズがあふれるアパートで、彼は腕まくりをして手首から肩まで広がる入れ墨を見せた。それは過去の過ちの記録。えせ宗教のシンボルやナチス親衛隊のシンボル、注射痕、そして「悪魔に動かされて」の文字。今では、こうした入れ墨を見るたびに、もっとましな人間になろうという気持ちが湧いてくるそうだ。

信仰心のあつさに打たれて

 ホールドブルックス(友人はTJと呼ぶ)が軍隊に入ったのは両親の二の舞いを避けたかったからだという。内心では安定を求めながら、しかし衝動的に行動する若者だった。初めての帰省休暇で知り合った女性とわずか8日で婚約し、3カ月後には結婚していた。

 それまで宗教にほとんど縁のなかったホールドブルックスにとって、グアンタナモの収容者のあつい信仰心は衝撃だった。「多くのアメリカ人が神を捨てているのに、(収容者は)あんなところでも祈ることをやめなかった」

 収容者の賢さにも驚かされた。彼らは拘束衣や礼拝用の敷物から糸を抜いて長くより合わせ、それを使って独房から独房にメモを回していた。ひどい発疹に悩む収容者はピーナツバターを窓枠にこすりつけ、分離した油分を患部に塗っていた。

 ホールドブルックスにとって、エラチディが収容されていることはとくに不可解だった。モロッコ人のエラチディはイギリスで18年近くシェフとして働き、流暢な英語を話した。本人の話では、息子の手術費用の足しにするため、01年にパキスタンへ出稼ぎに行ったが、アフガニスタン側に迷い込み、民兵につかまって米軍に5000ドルで売られた。グアンタナモではアルカイダの訓練キャンプに参加した疑いをかけられた。

 しかし、07年にロンドン・タイムズ紙が発表した報告で、エラチディの主張はほぼ裏付けられた。この記事のおかげで、エラチディは釈放されたらしい。

 収容所でのエラチディは「英語を話すというだけで米兵に目をつけられていた」と、彼は本誌へのメールに記している。あるアメリカ人大佐が彼に「将軍」というあだ名をつけ、協力しないと「痛い目にあうぞ」と警告した。

 反抗すると23日間も虐待を受けた。眠らせてもらえず、低温下に放置され、苦しい姿勢を強いられた。「兵士たちには違法行為の認識があったと思う。だから私も黙ってはいなかった」(ただし米国防総省報道官のジェフリー・ゴードンによれば、「収容者はたいてい虐待されたと言うが、事実無根」だ」)。エラチディはグアンタナモでの5年間のうち4年間を懲罰房で過ごした。娯楽場や図書館への出入りは許されず、生活必需品以外の紙や祈りに使う数珠も与えられなかった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏の核施設破壊発言、「レッドライン越え」=

ビジネス

NY外為市場=ドルまちまち、対円では24年12月以

ビジネス

米国株式市場=S&P500ほぼ横ばい、月間では23

ワールド

日本と関税巡り「率直かつ建設的」に協議=米財務省
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岐路に立つアメリカ経済
特集:岐路に立つアメリカ経済
2025年6月 3日号(5/27発売)

関税で「メイド・イン・アメリカ」復活を図るトランプ。アメリカの製造業と投資、雇用はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プーチンに、米共和党幹部やMAGA派にも対ロ強硬論が台頭
  • 3
    イーロン・マスクがトランプ政権を離脱...「正直に言ってがっかりした」
  • 4
    3分ほどで死刑囚の胸が激しく上下し始め...日本人が…
  • 5
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 6
    【クイズ】生活に欠かせない「アルミニウム」...世界…
  • 7
    「これは拷問」「クマ用の回転寿司」...ローラーコー…
  • 8
    ワニにかまれた直後、警官に射殺された男性...現場と…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
  • 1
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「MiG-29戦闘機」の空爆が、ロシア国内「重要施設」を吹き飛ばす瞬間
  • 2
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」時代の厳しすぎる現実
  • 3
    【クイズ】世界で最も「ダイヤモンド」の生産量が多い国はどこ?
  • 4
    「ウクライナにもっと武器を」――「正気を失った」プ…
  • 5
    アメリカよりもヨーロッパ...「氷の島」グリーンラン…
  • 6
    デンゼル・ワシントンを激怒させたカメラマンの「非…
  • 7
    「ディズニーパーク内に住みたい」の夢が叶う?...「…
  • 8
    友達と疎遠になったあなたへ...見直したい「大人の友…
  • 9
    ヘビがネコに襲い掛かり「嚙みついた瞬間」を撮影...…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 5
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 6
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 9
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 10
    今や全国の私大の6割が定員割れに......「大学倒産」…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中