最新記事

テロ

運命を変えたグアンタナモの夜

2009年4月21日(火)14時13分
ダン・エフロン(ワシントン支局)

イスラムを敵視する雰囲気が

 エラチディはホールドブルックスが改宗した晩のことをよく覚えていない。グアンタナモでの数年間に、宗教上のさまざまな話題を看守たちと語り合ったという。「サンタクロースの話、イブラヒム(アブラハム)が息子イツハク(イサク)を犠牲に捧げた話、そしてイエスの話も」

 ホールドブルックスは、改宗したいとエラチディに告げると、改宗は大仕事でグアンタナモでは厄介なことになると警告されたのを覚えている。「彼は僕が何をしようとしているのか自覚させたがった」。だから、改宗のことはルームメイトの2人にしか話さなかった。

 それでも、他の看守は彼の変化に気づいた。彼らは収容者がホールドブルックスをムスタファと呼ぶのを聞き、ホールドブルックスが堂々とアラビア語を学んでいるのを見た(フェニックスの自宅には革表紙のイスラム教の聖典全6巻や初心者向けのイスラム教入門書などがずらりと並ぶ)。

 ある晩、班長が来て裏庭に呼び出された。そこには看守仲間5人が待ち構えていた。「彼らは僕にわめき始めた。お前は裏切り者か、寝返ったのかって」。そのうち班長がこぶしを構え、殴り合いになった。

 以後、ホールドブルックスは人付き合いを避け、周囲もそれ以上干渉しなかった。一方、同じころグアンタナモに勤務していた別のイスラム教徒は違う体験をしていた。03年の大半をグアンタナモの教戒師として過ごしたジェームズ・イーは、同年9月にスパイ容疑で逮捕された(その後、容疑は取り下げられた)。

 イーがイスラム教徒になったのは、それより何年も前だった。グアンタナモ勤務のイスラム教徒(主に通訳)は悩むことが多かったと、イーは言う。「司令部がイスラムを悪く言う雰囲気を作り上げていた」(「イー教戒師の主張にはまったく同意できない」と、ゴードン報道官は反論する)。

ある日突然、名誉除隊に

 歯車が狂い始めたのは、ミズーリ州のレナードウッド基地に転属されたころからだと、ホールドブルックスは言う。基地から数キロ以内で時間をつぶせるところは、ウォルマートか2軒のストリップクラブだけだった。「ストリップは好きじゃないから、ウォルマートをうろついていた」

 その後、数カ月でホールドブルックスは軍を去ることになった。任期はまだ2年残っていた。名誉除隊の処分について軍からはなんの説明もなかったが、決定の背後にグアンタナモでのできごとが見え隠れしているようだった(軍はノーコメント)。

 フェニックスに戻ったホールドブルックスは再び酒に溺れた。「煮えたぎる怒り」を抑えるためでもあった(元看守のニーリーもグアンタナモ時代はひどい抑うつ状態になり、02年の1カ月間の休暇中は1日60ドルが飲み代に消えたと本誌に語っている)。

 ホールドブルックスは離婚し、さらに悪循環に陥った。最後には依存症で病院行きになった。発作を起こし、倒れて頭蓋骨をひどく骨折し、頭の中にチタン製プレートを埋め込むはめになった。

 最近、ホールドブルックスとエラチディは再び連絡を取り合っている。釈放後も、エラチディはそれなりに苦労してきた。自由な暮らしになかなか慣れず、「足かせなしに歩いたり、夜に明かりを消して眠ったりできるよう努力している」。本誌に送られてきた十数通のメールの署名は、どれもグアンタナモでのIDになっていた。

 ホールドブルックスは現在25歳。3カ月前に酒をやめ、モスクに礼拝に通っている。受験生カウンセラーとして働くフェニックス大学の近くだ。頭部の傷痕はもうほとんど「クフィ」(イスラム帽)に隠れている。

 モスクのイマーム(イスラムの導師)が、ホールドブルックスはグアンタナモで改宗したと話すと、数十人の信徒が駆け寄って握手を求めた。「あそこはとくに残酷な兵士ばかりだと思っていた」と、エジプト人のイマーム、アムル・エルサムニは言う。「TJのような人間がいるとは、誰も思っていなかったんだ」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国、レアアース輸出ライセンス合理化に取り組んでい

ビジネス

英中銀、プライベート市場のストレステスト開始へ

ワールド

ウクライナ南部に夜間攻撃、数万人が電力・暖房なしの

ビジネス

中国の主要国有銀、元上昇を緩やかにするためドル買い
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国」はどこ?
  • 3
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 4
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 8
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 9
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中