最新記事

話題作

アカデミー賞で大注目の『FLEE』、アニメだからこそ描けた「難民」の過酷な現実

Realist Animation

2022年3月17日(木)17時45分
ヤエル・フリードマン、デボラ・ショー(共に映画研究者)
『FLEE フリー』

ゲイで元アフガン難民のアミン(右)はデンマークで幸せをつかむ FINALCUTFORREAL

<登場人物の匿名性を保ちつつリアルな面を描き出し、見えないトラウマも絵で可視化。アニメの力が生きるドキュメンタリー『FLEE』>

今年の米アカデミー賞で、国際長編映画賞と長編アニメ映画賞、そして長編ドキュメンタリー賞に史上初めて同時ノミネートされた作品がある。デンマークの長編ドキュメンタリーアニメ『FLEE フリー』だ(ヨナス・ポエール・ラスムセン監督、日本公開は6月)。

なにしろ物語の力が強い。主人公は元アフガニスタン難民で、今はデンマーク国籍を持つアミン・ナワビ。学者で、ゲイであることを公表している。

ソ連(当時)の侵攻で生まれた社会主義政権と、イスラム系の反政府勢力ムジャヒディンが激しく争っていた1980年代、アミンは首都カブールで子供時代を過ごしていたが、やがて身の危険を感じた親に連れられて祖国を脱出。紆余曲折あって、ようやくデンマークで正式に難民と認定されるのだが、観客はその長く過酷な道のりをアミンの視点で追体験する。

ドキュメンタリーとアニメ。この組み合わせは奇妙に思えるかもしれない。一般には、アニメと言えばコメディーか子供向けの娯楽、あるいはファンタジーだ。

一方のドキュメンタリーは、目に見えるエビデンスを通じて社会的・政治的な現実を描き出すもの。アニメが現実逃避的で主観的なら、ドキュメンタリーは現実の写真や動画、文書などの裏付けにこだわり、一定の客観性を担保する。

だが、アニメで社会的・政治的なメッセージを発信する試みには長い歴史がある。既に1918年には、ドキュメンタリー映像にアニメが挿入された例がある。

近年では2007年の『ペルセポリス』や08年の『戦場でワルツを』など、紛争地帯の現実を描いて国際的な成功を収めたアニメ作品もある。『FLEE』と同じく、いずれも主人公の主観的な視点で戦争のトラウマを捉え直す手段として、アニメを用いていた。

80年代の話ながら現在と不気味に重なる

監督のラスムセンはアミンと学校が一緒で、その頃からの友人だ。この関係性がなければ、ここまで深く一人の難民の内面を描くことは不可能だった。

監督がセラピストのように語り掛けるから、アミンは自分の心を開くことができた。そしてアニメだからこそ、匿名性を保ちつつ「自分の顔」を見せることができた(言うまでもないが「アミン」は仮名だ)。

トラウマは目に見えないが、アニメなら主人公の脳裏に焼き付く衝撃の瞬間も絵で再現できる。その結果、『FLEE』は難民や同性愛者、イスラム教徒やアフガニスタン人に関する偏見を打ち破る力を持つことができた。

難民申請者の視点で描かれた映画は、当然のことながら、今の社会や政治家の発言にあふれる反移民感情に強く反発する。『FLEE』もそうだ。80年代の話でありながら、米軍の撤退とイスラム主義勢力タリバンの復活で大量に発生した難民を守れずにいる現在の状況と不気味に重なる。

今のデンマーク政府は移民に冷たい。昨年には、難民申請者をアフリカなどの第三国に移送し、そこで申請手続きをさせるようにする法案が可決された。デンマークの政治家よ、どうか『FLEE』を見てほしい。あなた方の国はかつて、こういう難民を温かく迎え入れていたのだ。

The Conversation

Yael Friedman, Principal Lecturer in film theory and practice, University of Portsmouth and Deborah Shaw, Professor of Film and Screen Studies, University of Portsmouth

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

途上国の債務問題、G20へ解決働きかけ続ける=IM

ビジネス

米アマゾン、年末商戦に向け25万人雇用 過去2年と

ワールド

OPEC、26年に原油供給が需要とほぼ一致と予想=

ビジネス

先週末の米株急落、レバレッジ型ETFが売りに拍車=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇敢な行動」の一部始終...「ヒーロー」とネット称賛
  • 4
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 9
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 10
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中