最新記事

ステージ

年末定番の「くるみ割り人形」はなぜ最も愛されるバレエになったか

2021年12月25日(土)16時00分

2年ぶりに帰ってきた「くるみ割り人形」

昨年は2019年に上演した「くるみ割り人形」をストリーミング配信したNYCBだが、この秋は舞台上演を再開した。ニューヨーク市民にとっても観光客にとっても、66年前から続く伝統の「くるみ割り人形」公演が戻ってきたのだ。

「『くるみ割り人形』をまた上演できるというのは、これまで私たちがやってきたことがすべて報われるということだ」とスタッフォード氏。「街にこの贈り物を届けるために、そしてダンサーたちを舞台に呼び戻すために、あれだけ時間をかけて感染防止対策を練ったのは無駄ではなかった」

「くるみ割り人形」が上演できれば、多くのプロのバレエ団にとって財務面での安定にもつながり、1年の他の時期に芸術的な冒険を試みる余裕も出てくる。

「運営予算という点で、『くるみ割り人形』は収支をバランスさせる効果が大きい」とスタッフォード氏は言う。「それによって、もっとクリエーティブになれる。リスキーな演目にチャレンジする可能性が開ける。私たちがこれだけの数の新作に挑戦できるのは、この演目のおかげだ」

こうして「くるみ割り人形」は全米の、そしてそれ以外の国のダンスカンパニーに恩恵をもたらしているが、その人気はNYCBと、その創設者であるロシア生まれの振付師、ジョージ・バランシンによるところが大きい。NYCBは今もバランシンによる1954年初演のオリジナル振付に従って上演している。

子どもの起用がヒットへ

E.T.A.ホフマンによる1816年の童話『くるみ割り人形とねずみの王様』を原作とするこのバレエは、1892年、ロシアのサンクトペテルブルクで初演された。振付はマリウス・プティパとレフ・イワノフ、作曲はピョートル・イリイチ・チャイコフスキーである。評判は芳しくなく、初演は不成功に終わった。ジェニファー・ホーマンズ氏は著書『Apollo's Angels: A Histroy of Ballet(アポロの天使:バレエの歴史)』の中で、当時の批評家はこの作品をロシア帝国演劇界に対する「侮辱」で、「バレエ団の死」を意味するとまで酷評したと紹介している。

それ以降、さまざまな振付師がこの作品をよみがえらせようと試みた。あらすじは、主人公の少女クララがクリスマスイブにくるみ割り人形(=王子)とともにお菓子の国に旅するという物語だ。だが実際に人気作品となるには、1954年、ジョージ・バランシンの振付によるNYCB版を待たなければならなかった。

バレエの第1幕はクリスマスパーティーが舞台だが、1954年の初演は2月で、当時は12月のホリデーシーズンとは関連付けられていなかった。では、その後NYCBが毎年クリスマスに上演するほどの成功となった理由はどこにあるのだろうか。

考えられる理由は「子ども」だ。バランシン振付の「くるみ割り人形」は、彼が設立した「スクール・オブ・アメリカン・バレエ」の幼い生徒たちが初めて起用された作品であり、今日に至るまで、同バレエ団のどの作品よりも多くの子どもが出演する舞台となっている。例年(つまり、子どもたちが感染症に脅えずにすんでいた年)、NYCBでは8ー12歳の子どもを126人、ダブルキャスト体制で出演させている。

幼い頃ロシアで暮らしていたバランシンはバレエ教室が大嫌いだったが、たまたま「眠れる森の美女」の舞台に出演したことが彼を変えた。そして、自分がバレエ教室で何を目指しているのかを子どもたちが理解できるよう、子どもに出演機会を与えたいと考えた。

バランシンは、単にまばゆいライトや華やかな衣装で幼いダンサーたちを魅了することだけに留まらず、観客を引き込むために子どもたちをバレエに登場させたいと考えた。「くるみ割り人形」は子どもの視点から語られる物語であり、バランシンは、幼い登場人物を現実の子どもが演じることを望んだのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

カナダ中銀、金利据え置き 原油高受けたインフレ圧力

ワールド

トランプ氏訪中、中国が延期で合意 早期に再調整=ホ

ワールド

NATO、ホルムズ海峡再開を協議 ルッテ事務総長「

ワールド

IAEA、イラン中部の新ウラン濃縮施設の状況把握せ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン革命防衛隊
特集:イラン革命防衛隊
2026年3月24日号(3/17発売)

イスラム神権国家を裏からコントロールする謎の軍隊の歴史と知られざる実力

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が発生し既に死者も、感染源は「ナイトクラブ」
  • 2
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 3
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポリ」が中東へ
  • 4
    モジタバの最高指導者就任は国民への「最大の侮辱」.…
  • 5
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 6
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 7
    ガソリン価格はどこまで上がるのか? 専門家が語る…
  • 8
    観客が撮影...ティモシー・シャラメが「アカデミー賞…
  • 9
    「ネタニヤフの指が6本」はなぜ死亡説につながったの…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製をモデルにした米国製ドローンを投入
  • 3
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が発生し既に死者も、感染源は「ナイトクラブ」
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 6
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目の…
  • 7
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 8
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 9
    住宅建設予定地に眠っていた「大量の埋蔵金」...現在…
  • 10
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 6
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体に…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中