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虚構を超えたヘビメタ・ドキュメンタリー

伝説のヘビメタ映画『スナイプル・タップ』を模した『アンヴィル!』は、実在バンドの爆笑ドキュメンタリー作品

2009年10月22日(木)15時02分
ジェニー・ヤブロフ

イカれた奴ら ヘビメタ・バンド、アンヴィルのロブ(左)とリップス。映画は10月24日公開 ©Ross Halfin /ANVIL! THE STORY OF ANVIL

 まずは本当の話から。84年に映画『スパイナル・タップ』が封切られると、観客は実在のロックバンド、スパイナル・タップを追った本物のドキュメンタリー映画と思い込んだ。

 でもこのスパイナル・タップ、アンプは目盛りが10(通常はこれが最大値)より11のほうが音がデカいに違いないというヘンな理屈で、11まで目盛りの付いたアンプを特注するバンドだ。ストーンヘンジ遺跡のステージセットを注文するとき、単位のインチとフィートを間違えて極小のストーンヘンジを作ってしまうバンドだ。

 こんなおバカな話を本当だと信じ込む人間がいたなんて......。

 たくさんいたと、監督のロブ・ライナーは語る。「公開当時はみんな本物だと思い込んだ。『なぜ誰も知らないバンドのドキュメンタリーを作るんだ?』と散々聞かれたよ。本物と思われたのは映画がすごくリアルだったからだ」

 盛りを過ぎたイギリスのヘビーメタルバンドが全米ツアーでカムバックを狙う──というのが『スパイナル・タップ』の筋立てだ。

 ライナーはローリング・ストーンズを題材にした『ギミー・シェルター』、ボブ・ディランの『ドント・ルック・バック』といった硬派なロックドキュメンタリーの要素をコピーして、フィクションと現実の境界を曖昧にした(バンドのメンバーを演じた俳優のマイケル・マッキーン、クリストファー・ゲスト、ハリー・シーラーが今もスパイナル・タップとして活動を続け、そこそこ売れているせいで、この境界はさらに曖昧になっている)。

 ある会社の日常をドキュメンタリータッチで描く人気コメディー『オフィス』(アメリカ版)の脚本家マイケル・シュアーは、『スパイナル・タップ』が生んだモキュメンタリー(モック〔偽物の〕+ドキュメンタリー)をお気に入りの手法に挙げる。

 映画の公開から25年、『スパイナル・タップ』はストーリーを語る制作者の手法と、見る側の受け止め方の両方を大きく変えた。

 だから実在のロックバンド、アンヴィルのコンサートツアーを追った新作ドキュメンタリー『アンヴィル! 夢を諦めきれない男たち』を見て、観客が勘違いをしても不思議はない。25年前に『スパイナル・タップ』がドキュメンタリーと思われたように、今度は『アンヴィル!』を『スパイナル・タップ』系のモキュメンタリーと思い込む観客が続出しそうだ。

疑り深くなった観客の目

 実際、『アンヴィル!』は話ができ過ぎている。『スパイナル・タップ』を直接ネタにすることはないが、それらしいエピソードは盛りだくさん。サウンドミキサーの目盛りは11まであるし、バンドはストーンヘンジを訪れる。ドラマーの名前はロブ・ライナーだ(もちろん監督のライナーとは別人。この記事では混同を避けるため、ロブと表記する)。

「『スパイナル・タップ』が大成功したのはリアルだから。アンヴィルにとっては、その『リアリティー』が日常なんだ」と、サーシャ・ガバシ監督は言う。16歳で家出してアンヴィルの裏方になったガバシは、バンドと25年以上の付き合い。今でも事実か冗談かよく分からない場面に出くわすという。

「実は心の奥のほうで、メンバーにずっと担がれてきたんじゃないかと思っている」と、ガバシは打ち明ける。撮影中、「全部でっち上げなんだろ?」と、カメラマンに詰め寄られたこともあるそうだ。

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