最新記事

ギリシャ危機

EUに忍び寄る旧ユーゴ型分裂の危機

ユーロ圏で高まる不協和音と、共和国間の経済格差が血みどろの内戦につながった旧ユーゴスラビア連邦の不気味な類似点

2011年6月16日(木)19時19分
フィル・カイン

高まる軋轢 ギリシャでは自国の苦境をドイツのせいと考える人が増えている(6月15日、緊縮財政に反対するアテネの大規模デモ) Pascal Rossignol-Reuters

 ユーロ圏は「ユーゴスラビア・シンドローム」に陥っている──。ユーゴスラビア連邦の一角をなすスロベニア共和国が1991年に連邦から独立する直前まで同共和国の経済相を務めていたエコノミストのジョゼ・メンシンガーはそう考えている。

「ドイツでは自分たちがギリシャ人に搾取されていると感じる人が増えており、ギリシャでは自分たちがドイツ人に搾取されていると信じる人が増えている」と、メンシンガーは言う。「経済が停滞しいた1980年代のユーゴスラビアでも、自分たちが苦しむのは連邦内の他の5つの共和国に搾取されたせいだという考え方が広がっていた」

 その後の展開は周知の事実だ。政治的な不協和音、内戦、集団虐殺──。唯一の例外は、連邦からの独立と資本主義を勝ち取り、旧ユーゴ圏で初のユーロ加盟国となったスロベニアだ。

 債務危機によって加盟国間の信頼と善意が崩れつつあるEU(欧州連合)には、スロベニアと残りの旧ユーゴ圏のどちらの運命が待ち受けているのだろうか。

 民主国家の連合体であるEUと、共産主義の独裁国家だったユーゴスラビアを同列には扱えないが、メンシンガーに言わせれば類似点はある。ユーゴスラビア連邦政府の役割は、共和国間の小競り合いを仲裁することだった。

 EUも民主主義が欠落しているからこそうまく機能している。ユーゴスラビアと同じく、EUが安定を維持しているのは「惰性、ルール無視、新規組織の乱立、口先だけの発言」のおかげであり、そうした要素が「EUの統合や拡大に重要な役割を担っている」と、メンシンガーは言う。

共通の利益に異を唱えるのはタブー

 例えば、EUが国家債務に関するルールを遵守したなら、債務の多いイタリアとベルギーがユーロに加わることはありえなかった。市民の声を十分に尊重していたなら、EUのさらなる統合を推進するリスボン条約も存在しなかっただろう。2005年にフランスとオランダで国民投票が行われ、欧州憲法条約の批准が否決されたが、07年末にはそれと似たような内容の(ただし別の名を冠した)リスボン条約が締結された。

 政治的タブーの面でも、EUとユーゴスラビアには共通点がある。「80年代のユーゴスラビアでは『兄弟愛と結束』や『社会主義国家ユーゴスラビア内の利益の同一性』と言ったスローガンに疑問をもつのは不謹慎と考えられていた」と、メンシンガーは言う。今のEUでも「ユーロや『ヨーロッパ内の利益の同一性』に疑問をいだくのは不謹慎だと思われているようだ」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアの凍結資産、EUが押収なら開戦事由に相当も=

ビジネス

日経平均は3日続伸、1000円超高 AI関連株高が

ビジネス

伊藤園、飲料品の一部を来年3月から値上げ お~いお

ワールド

マクロン氏、中国主席と会談 地政学・貿易・環境で協
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 3
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 9
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中