最新記事

経済政策

ロシアの成長力を奪ったのは誰か

金融危機前の成長軌道に戻りたければ、国営企業中心の経済運営モデルを変える必要がある

2010年11月30日(火)15時25分
ルチル・シャルマ
(モルガン・スタンレー・インベストメント・マネジメント新興市場責任者)

 世界の新興市場はおおむね、03〜07年の好況期並みの経済成長を回復している。だがロシアは例外だ。世界的な金融危機から2年、いまだに成長率の予測値が下落し続けている途上国はごくわずか。ロシアはその1つだ。

 確かに損害は大きかった。ロシア経済は一時、ピーク時に比べて10%以上も縮小した。主要な新興国が続々と損失を取り戻すなか、ロシアは今も最後尾であがいている。金融危機以前の水準にまで戻れるのは11年末だろう。

 ロシアはなぜ成長力を失ってしまったのか。この10年間はロシアも、一応平均的な新興国並みのペースで成長を遂げてきた。追い風になったのは世界的な過剰流動性や資源価格の高騰だ。こうした要因は今も健在で、ブラジルなどの国々の経済を再び牽引している。だがロシアは、今の追い風に乗れずにいる。

技術依存型の産業が不足

 ロシアが経済成長の次なる段階へ移行するには、その経済モデルを大きく変える必要がありそうだ。20世紀末のロシア経済は崩壊していた。国民1人当たりの所得はわずか1500ドル、どん底から抜け出すには強力な政治的リーダーシップが必要だった。それを体現したのが、00年に大統領となったウラジーミル・プーチンだ。おかげでロシアは世界的な新興市場ブームに遅れず、うまく成長軌道に乗れた。

 それから10年。1人当たりの国民所得が1万ドルを上回るようになった今、ゲームのルールは変わった。過大な成功は失敗のもとだ。高圧的で中央集権的な連邦政府の存在(ロシア経済に占める国営部門の比率は実に50%に達する)が、今となってはロシア経済の一段の成長を妨げている。

 リッチな国はリッチな商品を生産すべし。これが開発経済学の昔ながらの鉄則だ。ロシアが先進国の仲間入りをしたいなら、天然資源に依存する体質を変え、もっと革新的で技術依存型の産業を育てる必要がある。そのためには、政府が何から何まで口出しするのをやめて、民間の投資環境を大幅に改善しなければならない。

 韓国と台湾は、1人当たり所得が1万㌦を超えてからも6%の経済成長を維持できた。中小企業が元気になれる環境が整っていたからだ。だがロシアでは、経済全体に占める中小企業の比率が主要国中で最も低い。世界銀行によるビジネス環境ランキングでも、ロシアは183カ国中120位だ。

 官僚的な手続きが煩雑で、契約違反がまかり通り、おまけに資金調達が難しい。これでは起業もままならず、従ってロシア経済の成長の機会は失われたままとなる。金融制度が未熟なため、ロシアの中小企業が融資を受けようとすれば、年利15〜20%は覚悟しなければならない。

 そもそも08年の世界金融危機でロシアが深刻なダメージを被ったのは、多くの国内企業が外国からの借り入れに依存していたためだ。だから、外国からの資金流入が止まるとパニックに陥った。今後は国内の銀行を育て、個人の貯蓄率と民間部門の投資比率を高めていく必要がある。

 とにかく投資が少な過ぎる。老朽化したインフラは放置されたまま。モスクワ市内の道路の渋滞はひどく、鉄道網も改善されていない。原油価格が1バレル=80ドルで高止まりしているのに、ロシア政府にはインフラ整備にまわす資金がなく、民間部門や外資に頼らざるを得ない。なぜか。予算の3分の2近くが年金などの社会的支出で消え、財政赤字がGDP(国内総生産)の4%に達しているからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英GSK「ザンタック」、発がんリスク40年隠ぺいと

ビジネス

アストラゼネカ、シンガポールに15億ドルで抗がん剤

ビジネス

BMW、禁止対象中国業者の部品搭載した8000台を

ビジネス

米エクソン取締役全員に反対の方針、米カルパースが表
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 7

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 10

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 7

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 8

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 9

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中