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サブプライムの次は「モーゲージ債」危機

住宅差し押さえ手続きの不正が発覚し、銀行に対して住宅ローン担保証券の買い戻し請求が噴出。損失額が最大1200億ドルに達する恐れもある

2010年11月1日(月)17時43分
藤田岳人(本誌記者)

不正体質 差し押さえ物件の売却を急いだ銀行側はいいかげんな審査を行ったり、誤った書類を提出したと指摘されている John Gress-Reuters

 9月だけで10万件以上。いまだアメリカでは、銀行による住宅の差し押さえが減る気配はない。不動産仲介会社リアルティトラックによれば、今後3年間でさらに300万件の住宅が差し押さえられる可能性がある。

 ところが最近、家を奪われた人から見れば「銀行に天罰が下った」と思えるような事態が起きている。10月中旬、米債券運用最大手のピムコと投資会社ブラックロック、そしてニューヨーク連邦準備銀行が自分たちの購入したモーゲージ債(住宅ローン担保証券)の買い戻しを銀行側に請求したのだ。

 買い戻しを迫られたのはバンク・オブ・アメリカ傘下の住宅ローン大手カントリーワイド・ファイナンシャルで、同社がピムコなどに販売したモーゲージ債は470億ドル以上に上る。今後、同様の買い戻し請求が起きれば、損失額は業界全体で最大1200億ドルに達するとの見方もある。

 銀行側にモーゲージ債の買い戻しが請求されるのは今回が初めてではない。8月には、政府系住宅金融機関でサブプライム危機の主役だったファニーメイ(連邦住宅抵当公社)とフレディマック(連邦住宅抵当貸付公社)が銀行側に買い戻しを求めていた。

スーパーの店員が銀行の書類作り

 モーゲージ債の保有側は、銀行側がこの証券を販売する際にリスクを説明していなかったことを問題視している。リスクとは、モーゲージ債として組み込まれた住宅ローンの差し押さえ手続きをめぐる不正のことだ。

 物件の売却を急いだ銀行側は差し押さえの際にいいかげんな審査をしたり、誤った書類を提出したと指摘されているが、不正はそれだけではない。専門知識のない従業員を急いで雇い、裁判所に提出する書類にサインさせていたのだ。内容を精査せず、ロボットのようにサインするずさんな手法は「ロボ・サイニング」と呼ばれる。銀行に雇われた従業員の中には元美容師やスーパーの店員もいた。
 
 事態が発覚した後、各州の司法長官やSEC(証券取引委員会)などの監督機関が調査を開始。一部の銀行は自発的に差し押さえを一時凍結した。

 返済を続けていたにもかかわらず差し押さえられた物件は少ないようだが、返済条件の見直しなど法律で義務付けられている「やり直しのチャンス」が与えられなかったケースは多いと、消費者団体はみている。今後、手続きの不備に対して債務者が訴訟を起こす可能性もある。

 銀行にとって最悪の事態は差し押さえが完全に凍結されて住宅が転売できなくなることだが、取りあえずそうした事態は避けられそうだ。むしろ問題なのは、モーゲージ債の買い戻し請求が認められてしまうことだろう。

中間選挙前の政治的な皮算用

 市場もこの事態に敏感に反応し、買い戻し問題が報じられた10月19日にはバンク・オブ・アメリカの株価が4・4%も急落。銀行株は全面安となった。金融機関への不信感が根強く残るアメリカ国民からも非難の声が強まっている。

 今のところ、銀行の経営が危ぶまれるような深刻な事態にはならないかもしれない。一時的には適切な人員を補充して書類審査にも時間をかけるため、差し押さえに掛かる経費は増えるだろう。しかし銀行各社は既に損益を確定したり、引当金を積むといった対応を行っている。買い戻しすることになったとしても、複雑な手続きとそれぞれのローンの調査に長い時間がかかるので、損失は複数年に分散される。

 この問題が広がりを見せたのは、中間選挙を控えた政治家たちのパフォーマンスのせいという見方もある。日頃から金融業界に不満を抱く国民の歓心を買おうというわけだ。今は差し押さえの凍結を求めるような発言をしている議員も、本気で住宅市場が麻痺するような事態を望んでいるわけではない。

 差し押さえで家を失った人々が留飲を下げることはなさそうだ。銀行に天罰が下ったところで失った家が戻ってくるわけではない。それどころか金融業界が破綻すれば、最後は自分に大きなツケが回ることになる──それがサブプライム危機の教訓だったはずだ。

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