最新記事

アメリカ経済

金融規制法を骨抜きにした舞台裏の勝者

間もなく成立する金融規制改革法案を強力に支えたのは、地元金融大手の利益を守り抜いた共和党議員だった

2010年7月20日(火)18時19分
マイケル・ハーシュ(ワシントン支局)

偉業は穴だらけ? 金融規制改革法案について演説するオバマ(7月15日) Yuri Gripas-Reuters

 これを期待はずれと言わずして何としよう。7月15日に米上院を通過した歴史的な金融規制法案のことだ。60対39の賛成多数で可決したが、劇的なのは舞台裏での政治的駆け引きくらいのものだった。

 法案可決を左右する数人の上院議員が突如として議会を支配するほどの力を手に入れた不思議な政治劇の成り行きのなかで、最大の勝者としてフィニッシュを飾りそうなのは、上院で最も若いマサチューセッツ州選出のスコット・ブラウン議員だ。

 彼は党派を超えて金融改革法案に賛成票を投じる用意がある少数の共和党議員の1人として絶大な影響力を手にし、そしてその力を見事に活用して見せた。

 彼は地元ボストンの大手信託銀行ステート・ストリート・バンクと大手投資信託会社フィデリティ・インベストメンツの利益を巧みに守り、ウォール街のほかの金融機関も両社のやることにこぞって追随した。つまり「ドッド・フランク法案」と名付けられた今回の金融規制法案は、実際には「ドッド・フランク・ブラウン法案」とも呼ぶべきものだ。

 民主党のハリー・リード上院院内総務は審議を終えて法案の採決に入る前、共和党議員ながら賛成票を投じる意向を示していたブラウン、オリンピア・スノー、スーザン・コリンズの3人に言及。「勇気ある数人の共和党議員が国のために正しい行動を選んだことに感謝する」と語った。

金融機関の感謝で金庫も一杯

 だが実際は、勇気とは何の関係もない行動だった。ブラウンの狙いは単に、地元で最も裕福な有権者である金融大手に手土産を持ち帰ることだった。

 彼はたとえば、銀行の自己勘定による投機的な取引を禁じる「ボルカールール」を骨抜きにした。自己資本の2%以内なら認めるという提案を通したのだ(その後、民主党のクリス・ドッド上院銀行委員会委員長が寛大にも上限を3%まで引き上げた)。さらに、金融機関の破たん処理費用に充てるため、民主党が導入を目指していた5年間で190億ドルの銀行への特別課税も取り下げさせた。

 民主党のテッド・カウフマン上院議員は、「部分にせよ銀行がハイリスク投資を続けられることになったのは大きな問題だ」と言い、その大きな責任はブラウンにあるとした。おかげでブラウンの金庫は、彼に感謝する金融機関からの巨額の献金で溢れかえっていることだろう。

 7月21日にもバラク・オバマ大統領の署名で成立する見通しの同法案は、多くの好ましい結果も生むだろう。

 これまで密室で行われてきた何兆ドルもの店頭デリバティブ(金融派生商品)取引を、「闇市場」から表の世界に引き出すことができるし、銀行だけでなくクレジットカードや住宅ローン会社に対しても厳しい監視体制ができる。破綻した金融機関を規制当局が清算する権限も拡大される。公的資金による大手金融機関の相次ぐ救済を可能にしてきたFRB(連邦準備理事会)の連邦準備法も、救済を難しくする方向で修正される。

「失敗した官僚」の地位はそのまま

 金融規制改革法案に最後まで抵抗し、最後は「いやいや」賛成票を投じたというカウフマンは、2400ページにわたる膨大な法案にはまだ多くの重要な詰めが残されたままだと言う。その多くは今後何年にもわたる密室の協議で、報道されることもないまま監督当局の官僚の手で決められていくという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:好調スタートの米年末商戦、水面下で消費揺

ワールド

トルコ、ロ・ウにエネインフラの安全確保要請 黒海で

ワールド

マクロン氏、中国主席と会談 地政学・貿易・環境で協

ワールド

トルコ、ロシア産ガス契約を1年延長 対米投資も検討
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 2
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与し、名誉ある「キーパー」に任命された日本人
  • 3
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 4
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 5
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 6
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    台湾に最も近い在日米軍嘉手納基地で滑走路の迅速復…
  • 9
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 10
    見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の…
  • 1
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 6
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 7
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中