最新記事

ウォール街

「年俸1億ドル」でシティのジレンマ

公的資金で生き延びた経緯に加え、利益の大半が報酬支払いに消える茶番を考え直せ

2009年8月19日(水)18時41分
ダニエル・グロス(ビジネス担当)

株主不在? シティグループはオバマ政権から幹部報酬を引き下げるよう圧力を受けているが Shannon Stapleton-Reuters

 アンドリュー・ホールは、米金融大手シティグループのエネルギー関連子会社フィブロで巨額の利益を稼ぎ出してきた敏腕トレーダー。アメリカでは今、シティグループが彼に約束した巨額の報酬の支払いをめぐる議論が沸騰している。

 ホールはシティグループとの契約に基づき、1億ドルのボーナスを要求している。だがシティグループは多額の公的資金の注入を受け、株の一部を納税者に保有されている立場。支払いを実行するには、オバマ政権からウォール街の高額報酬の引き下げを一任されている弁護士ケネス・ファインバーグの許可を得なくてはならない。

 ファインバーグは、税金の支えがなければ100ドルのボーナスさえ払えない会社が、1億ドルの報酬を支払うのが適切かどうかを判断することになる(シティグループはホールに来年の報酬を現金でなく株式で受け取るよう説得しているが、交渉はまとまっていない)。

 もう一つ、ファインバーグが考慮すべき問題がある。実質的なヘッジファンドであるフィブロを保有することが、本当にシティグループの株主のメリットになるのかという点だ。

 シティグループの経営陣は、フィブロが長年、高収益を上げてきたことを理由に保有を主張している。フィブロが利益を上げるほど、シティの株主(公的資金注入に乗り気でない納税者を含む)にもプラスになる、という理屈だ。

ヘッジファンドの収益は社員の懐へ

 だが、私たちは過去数年の経験から、ヘッジファンドの利益が必ずしも株主に還元されるとはかぎらないと知っている。

 ヘッジファンドやプライベート・エクイティ(未公開株)ファンド(PEF)などのオルタナティブ資産運用会社は、一言でいえば社員の報酬を生みだす道具だ。
 
 小売り大手のウォルマートのような業態の場合、収益の大半は商品の仕入れに充てられ、残りの20%ほどが人件費になる。一方、ウォール街の投資銀行は収益の50~55%を報酬に充てることが多い。
 
 ところが、人材が唯一の財産ともいえるヘッジファンドやPEFの世界では、その割合はさらに高まる。収益の大半が社員の報酬や手当、豪華なオフィスや絵画、専用ジェット機など従業員を喜ばせるものに費やされている。
 
 それでも、創業者が所有しているヘッジファンドやPEFなら、オーナーは好調なときは利益を独占し、失敗したらそのツケを払うというリスクを背負う。わずかなミスで会社が吹き飛ぶ可能性もある。

 問題は、金融バブルが最高潮に達していた07年、オルタナティブ資産運用会社が相次いで株式公開に乗り出したことだ。株の保有者が大企業や個人投資家に変わっても、オルタナティブ資産運用が危険なゼロサムゲームであることに変わりはない。ただし、企業の所有者と従業員の力関係のバランスは崩れた。

 ブラックストーン・グループやオク・ジフ・キャピタルマネジメント、フォートレス・インベストメント・グループのように新たに株式公開したヘッジファンドでは、社員が収益のほぼすべてを受け取り、株主にはほとんど還元されていない。

 複雑な収益報告書を精査すると、収益の大半が社員の懐に納まっていることは明らかだ。ブラックストーン・グループの第2四半期の収益報告書によれば、09年上半期の収益、4億5100万ドルのほぼすべてにあたる4億4500万ドルが、人件費と諸経費に費やされたという。しかも、07年のIPO(新規株式公開)の際に義務付けられた社員への高額報酬は計算に含まれていない。

 オク・ジフ・キャピタルマネジメントの09年上半期の収益は1億9300万ドル。そのうち報酬と諸経費が1億7180万ドルに達する。同じくフォートレス・インベストメント・グループでも、2億6100万ドルの収益のうち、2億6000万ドルが報酬と諸経費だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

テスラがインド市場参入、「モデルY」を7万ドルで販

ビジネス

訪日客の売り上げ3割減 6月、高島屋とJフロント

ビジネス

ヤゲオ、芝浦電子へのTOB期間を8月1日まで延長 

ワールド

トランプ政権、不法移民の一時解放認めず=内部メモ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機」に襲撃されたキーウ、大爆発の瞬間を捉えた「衝撃映像」
  • 2
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中にまさかの居眠り...その姿がばっちり撮られた大物セレブとは?
  • 3
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 4
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 5
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 6
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 7
    【クイズ】次のうち、生物学的に「本当に存在する」…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 10
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 9
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 10
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中