最新記事

世界経済

中国抜きのBRICsはただの「BRI」

初の首脳会議を開催し、アメリカの対抗軸として存在感を増し続けるBRICsだが、中国抜きでは注目されない現実も浮き彫りに

2009年6月17日(水)17時34分
デービッド・ロスコフ(カーネギー国際平和財団客員研究員)

主導権は中国に 6月16日、初の首脳会議でBRICsの結束をアピール(左からブラジルのルラ大統領、ロシアのメドベージェフ大統領、胡錦濤国家主席、インドのシン首相) Sergei Karpukhin-Reuters

 6月12~13日、イタリア南部のレッチェでG8(主要8カ国)財務相会合が開かれた。だが地元在住でもないかぎり、このニュースを見逃した人は多いはずだ。

 出席した各国首脳は互いの重要性を称えあったが、G8の重要性を示すことに成功したとは言えそうにない。経済危機への対応を担う主役の座はすでに、20カ国・地域(G20)首脳会議(金融サミット)に奪われている。しかも、かつてG8の存在意義とされた要素の多くは、時代の流れのなかで消え去っている。

 第一に、ヨーロッパのG8加盟国は単一の通貨政策を取っており、それがうまく機能していない。またヨーロッパ諸国は経済危機の際、口先の介入に終始し、市場に対してそれ以外の方策を取ろうとしなかった。しかも、口先の介入でさえ、各国指導者の間にコンセンサスはほとんどなかった。

 皮肉な話だ。G8支持者に言わせれば、「似た考え方をする」国が集う必要性こそ、新興国不在のG8を存続させるべき根拠なのだから。実際には、ヨーロッパ諸国は国際システムの抜本的な変化を望み、アメリカはできるだけ変化を避けたいと考えているようだ。

 G8では「大きすぎて潰せない」企業への対応策についても、企業幹部の報酬や規制改革についても意味のある議論は聞かれなかった。まるで、オズの魔法使いが現われて経済危機を解決してくれる、とでも信じているかのようだ。

アメリカの鼻をへし折りたい新興国

 G8のニュースを見逃したのなら、16日にロシア中部のエカテリンブルクで開かれたBRICs初の首脳会議によってG8会合の無意味さが浮き彫りになったことも見逃したかもしれない。

 エカテリンブルクが開催地に選ばれたのは当然ロシアの意向であり、そこには皮肉が込められている。この街はロシア帝国最後の皇帝ニコライ2世一家が最期を迎えた場所のすぐ近く。BRICsはこの地で、現代の皇帝であるアメリカの鼻をへし折り、ファリード・ザカリアの言う「アメリカ後の世界」を実現したいと願っている。

 ブラジル、ロシア、インド、中国からなるBRICsには国の規模や資源、存在感の増加といった強みがあるが、さらに政策をすり合わせる能力にも長けている。

 もちろん、利害が衝突するケースもあり、簡単なことではない(ブラジルとインドは国連安保理の常任理事国入りを望んでいるが、ロシアと中国は乗り気でない)。それでも、北朝鮮問題やイランの核開発、中央アジアの安定、地球温暖化などの諸問題をBRICsなしで解決する事態を想像すれば、彼らが結束したときのパワーが理解できるだろう。

ドルを捨てて新たな世界通貨を

 なかでも、ドルの地位低下をめぐる議論では強力な発言力をみせている。BRICsの指導者たちはこの数か月間、国家の枠組みを超えた新たな国際準備通貨の必要性を訴えてきた(現実的ではないが)。ドル基軸通貨体制を批判し、通貨に似た機能をもつIMF(国際通貨基金)のSDR(特別引き出し権)を大量購入する意向を表明している。

 外貨準備やアメリカとの通商・投資関係を考えれば、ドルの崩壊は中国などにとってもマイナスだ、とよく言われる。確かにそのとおりだが、BRICsにドルの価値を左右する力があり、その力を行使する意欲もあると世界に示せれば、その影響力は計り知れない。

 実際、BRICs指導者の最近の言動は、それを裏付けている。しかも彼らは今後、いっそう激しくドルへの揺さぶりをかけてくると考えていいと思う。

 そのうえ、ロシアの石油と核、インドの人口、ブラジルの広大さや最近の油田開発といった強みもある。だが、BRICsについて忘れてはならない重要な要素がある。

 それは、中国抜きではBRICsは「BRI」に過ぎないということ。一緒に饗されるワインのおかげで有名になったチーズのようなものだ。

 BRICsの中核は中国であり、中国もそれを承知している。中国がいなければ誰も本気でBRICsに関心を払わないのだから、中国は他の3カ国に対して拒否権をもっているも同然だ。

BRICsは中国の力の増幅装置

 巨額の外貨準備を有し、潜在市場の大きさでも群を抜いている。アメリカとともに「G2」を結成するパートナーは中国であり、環境対策(エンバイロメント)も「E2」、すなわちアメリカと中国抜きではありえない。

 BRICs結成に最も意欲的なのは、アメリカへの対抗勢力をつくりたいロシアだが、われわれはBRICsの本質を、中国の影響力の増幅装置と見なすべきだ。

 余談だが、対抗勢力の台頭は世界にとってもアメリカにとっても悪い話ではない。敵をもつことはできるかぎり避けるべきだが、ライバルの存在は必要だ。ライバルのおかげで自身を見直し、成長することができる(この世にアップルがなく、マイクロソフトだけだったら、コンピュータはどうなっていただろう。両社は互いを高めあう存在だ)。

 とはいえ、BRICsの台頭を正確に認識する必要はある。また、将来的に彼らがアメリカの対抗軸となる可能性が高いことは想定しておくべきだ。

 それでもやはり、BRICsはアメリカにとって直接的な脅威ではなく、敵とみなすべきではないと強調しておきたい。足並みをそろえようというBRICsの努力のおかげで、誰か(ロシアのウラジーミル・プーチン首相のことだ)が対立的な態度を取るリスクも軽減されるだろう。

 そして、BRICsが「欧米以外の人々の声を反映した、アメリカの対抗勢力」という役割を責任ある態度で果たすかぎり、国際問題において非常に建設的で有益な存在になりうるだろう。


Reprinted with permission from David J. Rothkopf's blog , 16/06/2009. © 2009 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

[1970年1月 1日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、農場やホテルでの不法移民摘発一時停止 働き手不

ワールド

米連邦最高裁、中立でないとの回答58%=ロイター/

ワールド

イスラエル・イラン攻撃応酬で原油高騰、身構える投資

ワールド

核保有国の軍拡で世界は新たな脅威の時代に、国際平和
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中