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オバマの反企業税制案に潜む危険な罠

「アメリカの多国籍企業は不当に税負担を免れている」と非難したオバマ大統領だが、聞こえのいい税制改革案にはアメリカの雇用を破壊するリスクが隠れている

2009年5月12日(火)20時40分
ロバート・サミュエルソン(本誌コラムニスト)

資本主義の悪役? 多国籍企業はどこでも批判の的。写真は2005年、香港で開かれたWTO(世界貿易機関)閣僚会議でのデモ Paul Yeung-Reuters

 アメリカの税法は「抜け穴だらけで、企業は応分の税負担を合法的に免れている」。バラク・オバマ米大統領は5月4日、そう語って税制改革案を提示した。

 好むと好まざるに関わらず、私たちは多国籍企業の世界に生きている。コカ・コーラ、IBM、マイクロソフト、キャタピラー。アメリカの有名企業はほぼすべてが多国籍企業であり、逆に外国の企業もアメリカに進出している。

 2006年には、外国企業のアメリカ国内での雇用は530万人。クライスラーがイタリアのフィアット社の傘下に入った一件も、ビジネスに国境がないことをあらためて思い起こさせた。

「多国籍企業」の概念は、忠誠心に関わるだけに厄介だ。誰だって、自国の企業が労働力が最も安くて規制が緩く、税率が低い国を求めて世界中をうろついている、とは思いたくない。

 特に税金の問題はややこしい。多国籍企業が外国で上げた利益に対してどう課税すべきなのか。

 オバマの演説を聞くと、アメリカの税制は最悪に聞こえる。「有力なコネをもつロビイストたち」が仕組んだ「抜け穴」だらけで、企業はアメリカに税金を払わず、税率の低い国に職をアウトソースしている──。

 そこで、オバマは抜け穴を塞ぐ税制改革を提案した。これによって雇用の一部をアメリカ人に取り戻せるし、今後10年間で2100億ドルの税収アップが見込めるという。

 素晴らしい。実際、メディアもオバマの主張どおりの報道をした。ワシントン・ポスト紙は「オバマが外国での脱税を標的に」と報じた。

 しかし、現実はそれほど単純ではない。オバマの非難めいた主張は、多くの誤解の上に成り立っている。

■誤解 アメリカ系の多国籍企業は外国企業に比べて税負担が軽い。

■現実 その反対だ。ほとんどの国が、自国の企業が外国で上げた利益に課税していない。たとえばスイス企業が韓国に進出した場合、韓国の法人税として利益の27.5%を払い、残りは非課税でスイスに送金できる。

 一方、アメリカ企業の場合、韓国の法人税を払ったうえ、利益をアメリカに持ち帰ればさらに35%の法人税が待っている。

 利益を海外に貯めておけばアメリカでの課税を回避できるため、当然、多くの企業がそうしている。そしてアメリカにその金を移したときは、外国での課税分が控除される(上の例の場合、韓国の税率27.5%分が控除されるため、アメリカの税率35%との差額分が徴収される)。

■誤解 アメリカ企業の対外投資によって、アメリカ人の雇用が奪われている。

■現実 そうではない。確かに国内の工場を閉鎖して外国に工場を新設する企業は多いが、そうした工場の大半は現地の市場向けの製品を作っている。

 ハーバード大学の経済学者フリッツ・フォーリーによれば、外国での製造品のうち、アメリカに逆輸入されるのはわずか10%。ウォルマートが中国に店舗をオープンさせても、カリフォルニアの店を閉じるわけではない。

 外国での売り上げが増えれば、アメリカ国内にマネジメントや研究開発の職が生まれ、部品の輸出もできる(アメリカ系多国籍企業の研究開発の90%はアメリカ国内で行われている)。アメリカ企業が外国で雇用を10%増やすと、アメリカ人の雇用も4%近く増えるという試算もある。

■誤解 税制の抜け穴を塞ぐことで多国籍企業が応分の税金を負担すれば、国の財政は劇的に改善する。

■現実 ただの夢物語だ。今後10年間で推定2100億ドルの税収増(オバマ政権はこれをすでに予算に組み込んでいる)があっても、10年間で推計32兆ドルとされる税収の1%にも満たない。

 しかも、議会予算局(CBO)によれば、オバマ政権が10年間に積み重ねようとしている赤字は、なんと9兆3000億ドルに達するという。

 オバマの改革案がアメリカ国内の雇用を創出するかという点にも疑問が残る。

 確かに、外国での利益に対する現行の課税先送りと税控除を制限すれば、税収は増えるだろう。また、オバマ政権の説明では、対外投資への課税を強化することで国内投資が増えるという。

 だが多くの専門家は、逆にアメリカ人の雇用が破壊されると懸念している。税負担が増えれば、ヨーロッパやアジアのライバル企業との競争にマイナスとなる。税制が有利な国の企業に買収されるケースもありえる。

 そうなれば、国内の雇用に影響が出る。「シカゴやニューヨークでマネジメントや専門職のポストの一部が消えるだろう」と、ピーターソン国際経済研究所のゲーリー・ハフバウアーは言う。

 州税も含めると、アメリカの法人税率は最高で39%を超える。先進国のなかでこれを(わずかながら)上回るのは日本だけだ。

 ただし、実際の税率は各種の優遇措置によって引き下げられている。ハフバウアーが言うように、オバマは最高税率を引き下げ、同時に多くの優遇措置を廃止することでその穴を埋めるべきだ。そのほうが企業の税務コストを下げられるし、ひずみも少ない。

 ただし、この手の政策は国民にアピールしにくい。オバマは実を捨てて、スタンドプレーを選んだわけだ。

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