最新記事

芸術か低俗か、その微妙な分かれ道

アカデミー賞を追え!

異色の西部劇から傑作アニメまで
2011注目の候補を総ざらい

2011.02.21

ニューストピックス

芸術か低俗か、その微妙な分かれ道

えげつないストーリーが高尚なアートに思えるのはブルジョアな舞台設定だから?

2011年2月21日(月)16時09分
ジェニー・ヤブロフ

上流の危機 『キッズ・オールライト』でレズビアン夫婦を演じるベニング(左)とムーア ©2010 TKA Alright, LLC All Rights Reserved

 レズビアンカップルの片割れが子供たちの父親と関係を持ってしまい、破局の危機に。セックスに飢えた中年の主婦が息子の20代の友人を誘惑。エッチなおやじは、10代の娘の担当美容師とマッサージ台の上でただならぬ仲に......。

 さて問題です。これは一般人の痴話げんかを垂れ流すテレビ番組『ジェリー・スプリンガー・ショー』のエピソードか? それともアート系映画のあらすじか?

「両方」と答えた人は正解。低俗番組から拾ってきた話にみえて、実はどれも極めて志の高いインディペンデント映画『キッズ・オールライト』『アイ・アム・ラブ』『プリーズ・ギブ』の一幕だ。

 3作品とも観客ののぞき趣味におもねることなく、アッパーミドルクラスの男女が直面する中年の危機を淡々と描き出す。これらをお下劣な娯楽番組と同列に語るのはフェアではない。それでも、「芸術」として見せられるだけで同じ話がまるで違ったものに見えるのには驚かされる。感性の問題か、舞台背景のなせる業か。

『キッズ・オールライト』はリサ・チョロデンコ監督の観察眼が光る人間ドラマ(日本公開は4月29日)。ニック(アネット・ベニング)とジュールス(ジュリアン・ムーア)はレズビアンのおしどり夫婦だが、娘と息子の父親(精子提供者)であるポールが現れたことをきっかけに、安定した関係が崩れていく。

 それにしても絵になる生活だ。彼女たちが暮らすのは広大なバンガロー。大理石のお風呂に大型テレビ、裏庭には緑があふれている。2人は高級ワインを飲み、ラフなTシャツをファッショナブルに着こなし、おしゃれなステーションワゴンを乗り回す。

 子供たちの「生物学上の父親」、ポールも趣味がいい。オーガニックレストランを経営し、丘の上の素敵な家に住み、アナログレコードを集めている(最初はポールに気を許さなかったニックも、ジョニ・ミッチェルのファンという共通点を発見して警戒心が緩む)。

 チョロデンコは結婚生活のあやをきめ細やかに描写しているし、出演陣も素晴らしい。神経過敏なニックを演じたベニングは必見だ。

 それでも、こんな疑問が頭をよぎる。もし登場人物がトレーラーハウスに暮らし、ジャージー姿でスナック菓子をぱくつきながらプロレスを見ていたら? 彼らの悩みは繊細で、ほろ苦く思えるだろうか。だらしない、と軽蔑したくなるのではないだろうか。

悪いのは物語でなく観客

 ヒロインの不満と性的抑圧をゴージャスな暮らしの副産物として描く『アイ・アム・ラブ』には、「階級」がよりあからさまに表れている。『プリーズ・ギブ』ではインテリアショップを営む裕福な主人公が、イームズのソファに一生縁のないかわいそうな人々への罪悪感を抱いて鬱々とする。

 ここではハイクラスな生活は災難だし、登場人物が不幸であることの言い訳になっている。映画自体を正当化するものでもある。「こんなに教養があって趣味もよく、繊細で素敵な人たちが悩んでいるのだから同情する価値がある」と言わんばかりだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国財政相会見、刺激策の「規模」不明 市場の期待は

ビジネス

情報BOX:中国、景気底上げへ積極財政出動 財政相

ビジネス

中国9月CPI減速、PPIは半年ぶり下落率 デフレ

ワールド

イスラエル、イラン攻撃目標を軍・エネ施設に絞り込み
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:米経済のリアル
特集:米経済のリアル
2024年10月15日号(10/ 8発売)

経済指標は良好だが、猛烈な物価上昇に苦しむ多くのアメリカ国民にその実感はない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ビタミンD、マルチビタミン、マグネシウム...サプリメント「3つの神話」の噓を暴く
  • 2
    東京に逃げ、ホームレスになった親子。母は時々デパートに行って「ある作品」を作っていた
  • 3
    エジプト「叫ぶ女性ミイラ」の謎解明...最新技術が明かす意外な死の真相
  • 4
    コストコの人気ケーキに驚きの発見...中に入っていた…
  • 5
    「メーガン妃のスタッフいじめ」を最初に報じたイギ…
  • 6
    迫るロシア軍からドネツク州ポクロフスク近郊で、大…
  • 7
    冷たすぎる受け答えに取材者も困惑...アン・ハサウェ…
  • 8
    『シビル・ウォー』のテーマはアメリカの分断だと思…
  • 9
    メーガン妃とヘンリー王子は「別々に活動」?...久し…
  • 10
    アルツハイマー病治療に新たな可能性...抗がん剤投与…
  • 1
    「地球が作り得る最大のハリケーン」が間もなくフロリダ上陸、「避難しなければ死ぬ」レベル
  • 2
    キャサリン妃がこれまでに着用を許された、4つのティアラが織りなす「感傷的な物語」
  • 3
    コストコの人気ケーキに驚きの発見...中に入っていた「まさかのもの」とは?
  • 4
    エジプト「叫ぶ女性ミイラ」の謎解明...最新技術が明…
  • 5
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」ものはど…
  • 6
    2匹の巨大ヘビが激しく闘う様子を撮影...意外な「決…
  • 7
    「メーガン妃のスタッフいじめ」を最初に報じたイギ…
  • 8
    ウクライナ軍がミサイル基地にもなる黒海の石油施設…
  • 9
    東京に逃げ、ホームレスになった親子。母は時々デパ…
  • 10
    戦術で勝ち戦略で負ける......「作戦大成功」のイス…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    ベッツが語る大谷翔平の素顔「ショウは普通の男」「自由がないのは気の毒」「野球は超人的」
  • 3
    「地球が作り得る最大のハリケーン」が間もなくフロリダ上陸、「避難しなければ死ぬ」レベル
  • 4
    ウクライナに供与したF16がまた墜落?活躍する姿はど…
  • 5
    漫画、アニメの「次」のコンテンツは中国もうらやむ…
  • 6
    ウクライナ軍、ドローンに続く「新兵器」と期待する…
  • 7
    エコ意識が高過ぎ?...キャサリン妃の「予想外ファッ…
  • 8
    キャサリン妃がこれまでに着用を許された、4つのティ…
  • 9
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢…
  • 10
    コストコの人気ケーキに驚きの発見...中に入っていた…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中