最新記事

神経衰弱ぎりぎりの暗黒の白鳥

アカデミー賞を追え!

異色の西部劇から傑作アニメまで
2011注目の候補を総ざらい

2011.02.21

ニューストピックス

神経衰弱ぎりぎりの暗黒の白鳥

追い詰められるプリマを描いた『ブラック・スワン』の妖しい魅力

2011年2月21日(月)16時09分
キャリン・ジェームズ(映画評論家)

黒い天使 ニナ(ポートマン)は『白鳥の湖』のプリマに抜擢されるが、官能的な黒鳥に成り切れない ©2010 Twentieth Century Fox.

 ダーレン・アロノフスキー監督の魅惑的な暗黒のエンターテインメント『ブラック・スワン』は、おなじみ『くるみ割り人形』のような甘ったるいクリスマス劇には最高の口直しだ(日本公開は5月13日)。

 ニナ(ナタリー・ポートマン)は『白鳥の湖』のプリマに選ばれる。舞台では優雅そのものだが、舞台を降りると彼女が大切にしているオルゴールの踊り子のように痛々しい。トイレで吐き、血まみれの爪先をいたわり、性的妄想と被害妄想にふける。高尚な芸術と性的な緊張感に満ちたスリラーが、絶妙のバランスで結び付いている。

 もちろん、バレエ映画らしくチャイコフスキーの美しい音楽が流れ、華やかなチュチュが舞う。少年のように痩せたポートマンは本格的にバレエの練習をしたという(踊っている足元はほとんど映らないのだが)。

 しかし『ブラック・スワン』の先進的な魅力は、あけすけな性描写と超常現象を連想させるストーリーだ。バンサン・カッセル演じる芸術監督トーマスは、ニューヨーク・シティ・バレエ団(映画の舞台でもある)の創設者ジョージ・バランシンを連想させる。トーマスはバレエ団のスターを口説いては捨てていく。最近の犠牲者は元プリマのベス(ウィノナ・ライダー)だ。

ライバルダンサーとのラブシーン

 ニナはお行儀良い白鳥にはぴったりだが、官能的で邪悪な黒鳥には成り切れず、奔放なリリー(ミラ・クニス)に役を奪われそうになる。白鳥の二面性を持たせるため、トーマスはニナの新しい性衝動を目覚めさせる──彼女に自慰行為をさせて。

 ニナの視点でストーリーをたどりながら私たちは戸惑う。リリーは本当にニナを追い詰めているのだろうか。ニナの威圧的な母親は、ニナ以外の人には恐らく見えていない。

 ニナとリリーの悪評高い「ラブシーン」──R指定(17歳未満は保護者同伴)にしてはおとなしいが──は現実なのか、それともニナのふしだらな妄想か。それもすべては芸術のためだというのか。

 幻覚のような『レクイエム・フォー・ドリーム』、気骨のある『レスラー』、そして撮影中の『ウルヴァリン』と、アロノフスキーの作品には常に通俗さがある。

 今回も、やり過ぎと思える結末(人間の体から白鳥の羽が生えるなんて!)へと進みつつも、何とか現実の世界に踏みとどまっている。恐ろしい血まみれのクライマックス。とことん大胆不敵だからこそ、とことん楽しめる。

[2010年12月15日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国人民銀、期間7日のリバースレポ金利据え置き 金

ワールド

EUのエネルギー輸入廃止加速計画の影響ない=ロシア

ワールド

米、IMFナンバー2に財務省のカッツ首席補佐官を推

ビジネス

ミランFRB理事の反対票、注目集めるもFOMC結果
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中