最新記事

ロシアの歪んだ世界観

編集者が選ぶ2009ベスト記事

ブッシュ隠居生活ルポから
タリバン独白まで超厳選

2009.12.15

ニューストピックス

ロシアの歪んだ世界観

「なぜロシアは、世界を不安にさせる行動ばかり取るのか? それぞれの事象を眺めても見えてこない、根底に流れる一貫したロジックを分かりやすく解き明かした記事」(本誌・藤田岳人)

2009年12月15日(火)12時03分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局長)、アンナ・ネムツォーワ(モスクワ支局)

「行動原理の根底に『屈辱』があるというこの記事の分析は、プーチン時代のさまざまな謎を読み解くうえで貴重な視点」(本誌・竹田圭吾)

欧米の常識では理解できない矛盾だらけの対外政策の根底に流れる「屈辱」の論理とは

 1947年、ジョン・フィッシャーという名の若いアメリカ人外交官が『彼らはなぜロシア人のように振る舞うのか』という本を出版した。第二次大戦後のキエフとモスクワで国連に勤務していたフィッシャーは、ソ連の変節に戸惑うアメリカ人に、その理由を解説しようとした。大戦を共に戦ったヨシフ・スターリンが、突然アメリカに牙をむき、第三次大戦を起こそうとしているのはなぜか。

 フィッシャーの著書はいま読んでも興味深い。それは、彼の主張の多くが現代にも当てはまるからだけではない。

 フィッシャーはソ連の指導層を、威張り散らしながらも深い不安を抱え、国内の政治的脅威に疑心暗鬼になっている「クレムリンの怯える男たち」と表現した。フィッシャーに言わせれば、ソ連が欧米に敵対的な態度を取るのは、激動の歴史を経てトラウマを背負った「傷ついた巨人」であり、理想の自己イメージよりはるかに弱い存在だからだ。「脆弱な国境の外側に衛星国を並べて保護地帯を作ろうとする過程で、うっかり戦争に突入する可能性がある」と、彼は警告した。

 昨年8月、グルジアからアブハジアと南オセチアが独立し、事実上ロシアに併合された問題をめぐって再び緊張が高まる今、フィッシャーの言葉は冷戦の幕開け当時と同じように真実を突いている。フィッシャーの著書から60年以上たった今も、欧米の専門家がロシアの行動について同じ疑問を抱いているのは恐ろしい事態だ。

 今年7月のG8(主要8カ国)首脳会議に出席したドミトリー・メドベージェフ大統領は冷静で責任感にあふれた指導者として振る舞った。今年4月には「新たな欧州安全保障構造」の創設も呼び掛けた。なのに、08年11月にポーランドとの国境付近にミサイルを配備すると脅したのはなぜか。

屈辱と尊敬されたい欲求が原動力

 国連安保理でイランへの制裁決議に賛成しておきながら、イランに巨額のミサイル防衛システムや原子炉、潜水艦を供与するのはなぜか。モスクワ駐在のアメリカ人外交官(匿名を希望)が「二極化した無秩序」と呼ぶロシア人の言動の裏には、どんなロジックが働いているのか。

 ロシアの不可解な言動は、単なる反抗心の表れではない。そこには、ある独特の世界観が映し出されている。世界におけるロシアの位置付けについてロシア人に尋ねたら、どんな社会階層の人も「尊敬」という言葉を使うはずだ。歴史の話題になれば、経済の低迷と政治の混乱をもたらしたアメリカを非難する言葉が飛び出すだろう。

 あのミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領も最近、こんな不満を口にした。「ソ連の没落によってアメリカは調子に乗り始めた。まるでロシアはもはやパートナーでなく、アメリカにとって価値がないとでも言うように。その後、ロシア経済が崩壊すると、アメリカ人がやって来てエリツィンの偉大な業績に拍手を送った。われわれはそのとき重要なことを学んだ。欧米にとっては、ロシアが瀕死の状態でいるほうが好都合なのだ」

 こうした発言の裏には「屈辱」というキーワードが潜んでいる。ロシア人は1980〜2000年のつらい時代に強烈な屈辱感を味わった。アフガニスタンで敗北を喫し、経済は麻痺し、帝国はついに瓦解した。彼らはその屈辱を忘れていない。今のロシアの中枢を担うプーチン世代の人々は、ロシアが世界一偉大な国だと教えられて育ち、人生の全盛期に祖国の崩壊を目の当たりにしてきた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECBの金融政策修正に慎重姿勢、スロバキア中銀総裁

ビジネス

キンバリークラーク、「タイレノール」メーカーを40

ビジネス

米テスラの欧州販売台数、10月に急減 北欧・スペイ

ビジネス

米国のインフレ高止まり、追加利下げ急がず=シカゴ連
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    【HTV-X】7つのキーワードで知る、日本製新型宇宙ス…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中