最新記事

沖縄米兵事件の犠牲者は誰か

日米関係
属国か対等か

長年の従属外交を脱して
「ノー」といえる関係へ

2009.11.10

ニューストピックス

沖縄米兵事件の犠牲者は誰か

沖縄で相次ぐ米兵の女性暴行事件は日米の不公平な従属関係の表れ。今こそ日米地位協定の見直すべきだ

2009年11月10日(火)12時33分
メリー・ホワイト(ボストン大学教授[社会学])

 先月、沖縄県で起きた女性暴行事件の「犠牲者」は誰か。ふつうなら犠牲者は女性だ。だがアメリカでは、ティモシー・ウッドランド米空軍三等軍曹の身柄が日本側に引き渡されたことのほうが焦点となっている。

 アメリカ側には、ウッドランドが日本の警察から不公正で残虐な扱いを受けるのではないか、という危惧がある。犠牲者は暴行を受けた20代の日本人女性ではなく、人権を脅かされているウッドランド(ひいてはアメリカ人)だというわけだ。

 ウッドランドがようやく引き渡されたときも、田中真紀子外相は彼を人道的に扱うと、わざわざ断らなければならなかった。日本の警察の野蛮なイメージを払拭するためだ。

 裁かれようとしているのは、女性暴行事件の容疑者ではなく、日本の刑事司法システムのようだ。そして日本人女性の安全ではなく、日米関係そのものが危ぶまれているようにみえる。

 だが、ここ数年を振り返ってみよう。1995年には、沖縄で米兵3人が女子小学生を暴行した。昨年は、やはり沖縄の米海兵隊員が、自宅で就寝中の女子中学生の体を触る準強制わいせつ行為を働いた。いずれの場合も、米軍当局の不手際が目立った。

 今回の事件のもたらした衝撃の背景には、こうした流れある。在日米軍兵士の大半が駐留する沖縄では、米軍基地をめぐるトラブルが相次いでいるため、常に緊張感が漂っている。

基地は犯罪者の「隠れ家」

 こうして刑事事件の手続きそのものが、国内外の政治の関心事となり、日米地位協定の見直し論を再燃させる結果となった。冷戦時代から変わらないこの協定は、米兵が日本で生活し働くにあたり、アメリカ国内と同じ権利と保護を与えるものだ。

 日米安全保障問題の専門家、シーラ・スミスによると、この「冷戦時代の治外法権」のせいで米軍基地は、女性に対する犯罪を引き起こした米兵の「隠れ家」とみなされているという。

 協定見直しに対する関心が日本国内で高いことが、今回の事件を複雑にしている。刑事事件の管轄権が問題になれば、米軍の駐留という大きな問題、とくに駐留経費を日本が負担していることが見直されることになるからだ。

 「防衛」してくれるはずのアメリカが日本国民に対し、しかも政治的に複雑な状況をかかえる沖縄で暴力を振るうとなれば、抗議の声が高まるのは当然だろう。

 日米地位協定の見直しを先送りするため、アメリカは結局、ウッドランドを日本の警察に引き渡した。彼は容疑を否認し、「合意のうえのセックス」だったと言っている。仲間に囲まれ、駐車中の車に女性の体を押しつけて行った性行為は女性が自ら同意したものだ、というのだ。

 日本の刑事システムでは、容疑者の「無罪」の主張を簡単には認めないといわれている。アメリカのメディアは、日本では大半の容疑者が有罪となる点を取り上げ、そこに疑いの目を向けている。だが有罪になる率が高ければ、警察が容疑者を公正に扱わないことになるのだろうか。

 さらに米軍関係者が言うように、ウッドランドが「いけにえ」なら、それは何のいけにえなのか。残忍な犯罪で告発された一軍人を裁判にかけることが、条約と同じように慎重に交渉されなければならないほど、日米関係は危ういのか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国、エヌビディア「H20」のセキュリティーリスク

ビジネス

フジ・メディアHD、26年3月期の営業損益予想を一

ビジネス

午後3時のドルは148円後半へ反落、日銀無風で円安

ビジネス

ルノー、上期は112億ユーロの赤字 日産株で損失計
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから送られてきた「悪夢の光景」に女性戦慄 「這いずり回る姿に衝撃...」
  • 3
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目にした「驚きの光景」にSNSでは爆笑と共感の嵐
  • 4
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 5
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 6
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 7
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 8
    M8.8の巨大地震、カムチャツカ沖で発生...1952年以来…
  • 9
    街中に濁流がなだれ込む...30人以上の死者を出した中…
  • 10
    「自衛しなさすぎ...」iPhone利用者は「詐欺に引っか…
  • 1
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 2
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの習慣で脳が目覚める「セロ活」生活のすすめ
  • 3
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜つくられる
  • 4
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 5
    航空機パイロットはなぜ乗員乗客を道連れに「無理心…
  • 6
    中国が強行する「人類史上最大」ダム建設...生態系や…
  • 7
    「様子がおかしい...」ホテルの窓から見える「不安す…
  • 8
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 9
    タイ・カンボジア国境で続く衝突、両国の「軍事力の…
  • 10
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 7
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中