最新記事

左派の夜明けはなぜ来ない

岐路に立つEU

リスボン条約発効、EU大統領誕生で
政治も統合した「欧州国家」に
近づくのか

2009.10.23

ニューストピックス

左派の夜明けはなぜ来ない

「資本主義の危機」を生かせず、欧州議会選でも議席を減らした重症ぶり

2009年10月23日(金)12時41分
デニス・マクシェーン(イギリス労働党下院議員、元欧州担当相)

 ヨーロッパの多くの国々で左派政党の低迷が止まらない。古臭い主張ばかりを繰り返し、有権者からも見放されつつある彼らが、現在の経済危機という追い風を生かすためにはいったい何が必要なのか。
 *

 ヨーロッパの左派にとって、今は大きなチャンスのはずだ。資本主義は危機に瀕している。経済は壊滅的な打撃を被り、失業率も上昇。経済危機に対処するために、政府が再び経済で大きな役割を担い始めた。右派の自由市場型世界観と一線を画した新しい選択肢を打ち出すための機は熟した。

 しかし、ヨーロッパの20世紀型の古い左派政党は軒並み苦戦している。EU(欧州連合)の27カ国のうち20カ国は、右派の政治家が国政を担っている。フランスのニコラ・サルコジ大統領、イタリアのシルビオ・ベルルスコーニ首相、ドイツのアンゲラ・メルケル首相はいずれも右派の政治家だ。EUの4大国のなかで左派の首脳はイギリスのゴードン・ブラウン首相だけ。そのブラウンも政権維持が危ぶまれている。

 ある意味でヨーロッパの左派を追い詰めたのは、ほかならぬ自分たちの運動の成功だった。社会民主主義とは「不必要な抑圧や飢え、戦争、民族間の激しい憎悪、際限ない欲望、恨みと羨望を少しずつ突き崩していくことを目指す粘り強い意思」だと、ポーランド出身の哲学者レシェク・コワコフスキーはかつて言った。

 だが今や福祉制度が整備され、20世紀半ばに切実な問題だった極度の貧困に対する恐怖はほぼなくなり、古典的な階級闘争は姿を消した。左派政党が代弁、擁護すべき「プロレタリアート(無産階級)」の中身も大きく変わった。白人男性の労働組合員だけを相手にしていればいい時代はもはや過去のもの。移民やパートタイマーの女性といった新しいタイプのプロレタリアートが登場し始めている。

 労働組合の影響力も相対的に弱まっている。現在のヨーロッパの民間経済においては労働組合員の数より中小・零細企業の数のほうが多い。一方、空前の金融危機が起きると、これまで大筋で反産業界の立場を取り続けてきた左派政党は(当然といえば当然だが)どう対処すべきか分からなかった。

左派連帯を阻む国内事情

 強力なリーダーシップを発揮できる左派の指導者もいない。5月にギリシャの左派政党「全ギリシャ社会主義運動(PASOK)」のイェオルイオス・パパンドレウ党首が音頭を取り、アテネにヨーロッパの左派指導者が集結。フランスの社会党前大統領候補セゴレーヌ・ロワイヤル、スペインのフェリペ・ゴンサレス元首相、イタリアのマッシモ・ダレーマ元首相といった面々が顔をそろえた。

 しかし、一貫したメッセージを打ち出すことはできなかった。ネオリベラリズム(新自由主義)とネオコンサバティズム(新保守主義)に対する古臭い批判を繰り返しただけ。現代資本主義に怒りをぶつけ、ジョージ・W・ブッシュ前米大統領を攻撃しておけば、有権者の支持を取り戻せるとでも思っているのだろうか。

 6月7日までに実施されたEUの欧州議会選挙で、左派は議席を大きく減らした。そもそも、各国の左派政党の足並みがそろっていなかった。

 何しろ彼らは、欧州委員長に誰を推すかという基本的な点ですら一致できないのだ。イギリス、スペイン、ポルトガルの左派政党は、現職で右派のジョゼ・マヌエル・バローゾの続投を支持する。

 左派は具体性のある政策を共同で打ち出すこともできなかった。アメリカのバラク・オバマ政権ばりの大規模な公共投資による景気刺激策を提案しようにも、ドイツの社会民主党出身の財務相が反対しているので統一のマニフェスト(政策綱領)に盛り込めない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン大統領、対中関税を大幅引き上げ EVや半導

ワールド

再送-バイデン政権の対中関税引き上げ不十分、拡大す

ワールド

ジョージア議会、「スパイ法案」採択 大統領拒否権も

ビジネス

米ホーム・デポ、売上高が予想以上に減少 高額商品が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 10

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中