最新記事

「不便の神」が守った京都の小宇宙

外国人の
ジャパンガイド

相撲の朝稽古から鉄道、
秘湯、お遍路まで
日本人の知らない日本の旅し方

2009.09.16

ニューストピックス

「不便の神」が守った京都の小宇宙

車でしか行けない京都近郊の2つの寺で、計算し尽くされた庭の構図と、自然の叙情詩を満喫する

2009年9月16日(水)11時02分
アレックス・カー(東洋文化研究者)

 20年ほど前だった。仕事のついでに京都・洛北大原の寂光院へ行ったとき、尼僧の小松智光さんがお寺を案内してくれた。平家物語で知られる寂光院は、海に沈んだ安徳天皇の母君の建礼門院が隠居していた場所だ。

 ひなびた小さな尼寺で、ふすまには葛(くず)のつたが描かれていた。話がはずみ、智光さんは箱から1枚の古びた板を出し、安徳帝の舟の断片と伝えられるものだと言った。そして、「ちょっとお茶を飲みませんか?」と庭へ誘ってくれた。

 萩の枝がふわふわと広がり、ところどころにススキが高く伸びていた。秋草が茂る庭には将棋台が一つ置かれていて、静かな声で話しながら智光さんが番茶を出してくれた。やがて日は暮れ、ヒグラシの音......。

 最近、寂光院が火災にあったと聞き、あの板はどうしたのだろうと気になる。あの日の思い出は、今も心に残っている。それまで日本庭園は、きちきちと手入れした堅苦しいものと思っていた。しかし萩とススキの庭に座りながら、初めて「ああ、平安のみやびはこんな世界だったのだろう」と思った。

極楽浄土が凝縮された浄瑠璃寺

 以来、日本庭園や社寺の境内はますます「きちきち精神」で整えられてきたが、まだあのソフトな感じの寺が一つ残っている。京都南部の加茂町にある浄瑠璃寺だ。

 奈良公園からはひと山はさんだだけの距離だが、近くに駅がないので車で行くしかない。駐車場から山門へ続く参道は、田舎の小さな寺の入り口のような感じでススキや秋草が両脇に並んでいる。

 近ごろは、「田舎」といっても看板やコンクリートで固めた歩道が目につき、本当に落ち着く田舎は見られなくなった。その意味でも、この参道は大きな贅沢だ。

 山門を入ると目の前に池が広がり、左側(東)の小さな丘には三重塔の薬師堂、右側(西)には池のかたわらに平べったい九体阿弥陀堂が見える。九体阿弥陀堂は平安時代の寺院で、当時は京都にたくさんあったようだが、現在も残っているのはここだけだ。

「瑠璃」とはサファイア色の光のことで、浄瑠璃世界は薬師如来の国。池の周りは草木が茂り、しっとりしたたたずまいだが、寺の構図は実に巧妙にできている。東の薬師堂は「過去」を表し、薬師が今までの因果や苦労に薬を与える。西の阿弥陀堂は「未来」で、阿弥陀が極楽へ導いてくれる。

 中央にある池は、「忍土」であるつらい世の中、あるいは阿弥陀の浄土の池なのか。いずれにせよ、寺全体が極楽浄土を凝縮してできている。過去と未来、縦の三重塔と横の阿弥陀堂、そして草木に囲まれた池とそこに浮かぶ小さな島は、俗世間から離れた小宇宙だ。

 阿弥陀堂に入ると、平安の昔から静かに座っている九体阿弥陀像が一列に並んでいる。どれもほぼ同じ姿勢だが、「上の中」「上の下」など9段階に分かれるといわれる人の往生を表している。1体だけやや大きい中央の阿弥陀は来迎印を結び、池の向こうの薬師とじっと見つめ合っている。

 この阿弥陀像の横には、なぜか一基の厨子がぽつんと配置されている。中に収められた「吉祥天像」は鎌倉時代の彫刻で、いつのまにかこの寺へ行き着いたものだ。色彩豊かで、こんなゴージャスな神像はめったにない。男性的な阿弥陀像群に女性的な優しさを与え、陰陽のバランスを保っている。

 私が好きな彫刻は、阿弥陀堂の入り口のそばにある不動明王と二童子の三尊像だ。これも鎌倉時代の作で、不動明王の光背の炎は大胆なジグザグ模様に燃え上がっている。しかし、一番の楽しみは不動のひざで拝んでいる二人の童子だ。おとなしく手を合わせる矜羯羅童子は可愛い女の子のようで、勇ましい構えの制多迦童子はちゃめっけのある男の子に見える。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米政権、ホワイトハウス敷地内にコロンブス像設置

ワールド

再送イラン、湾岸のエネ施設へ報復警告 トランプ氏に

ワールド

IEA、必要なら石油備蓄追加放出へ 各国政府と協議

ワールド

カタール、自国LNG施設へのイラン報復を米側に事前
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン革命防衛隊
特集:イラン革命防衛隊
2026年3月24日号(3/17発売)

イスラム神権国家を裏からコントロールする謎の軍隊の歴史と知られざる実力

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ海峡封鎖と資源価格高騰が業績を押し上げ
  • 2
    「カメラの目の前」で起きた爆発の瞬間...取材中の記者に、イスラエル機がミサイル発射(レバノン)
  • 3
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店員も「なすすべなし」の暴走モード
  • 4
    スウェーデン次期女王ヴィクトリア皇太子、陸軍訓練…
  • 5
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    「胸元を強調しすぎ...」 米セレブ、「目のやり場に…
  • 8
    人気セレブの「問題ビデオ」拡散を受け、出演する米…
  • 9
    「筋力の正体」は筋肉ではない...ストロングマンが語…
  • 10
    BTSカムバック公演で光化門に26万人、ソウル中心部の…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 3
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え時の装いが話題――「ファッション外交」に注目
  • 4
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 6
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 7
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 8
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 9
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラ…
  • 10
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中