最新記事

ヒラリー、15年目の総決算

米医療保険改革

オバマ政権の「国民皆保険」構想に
立ちはだかるこれだけの難題

2009.08.21

ニューストピックス

ヒラリー、15年目の総決算

初の女性大統領をめざすヒラリー・クリントンが、かつて自信満々で臨んだ医療保険改革に失敗した理由

2009年8月21日(金)17時09分
ジョナサン・ダーマン

完璧主義 ファーストレディー時代にめざした医療保険改革は、ゴリ押しが災いして頓挫(94年) Reuters

 ヒラリー・クリントン上院議員は過去の経験から、「変化」というキーワードの大切さを肌で知っている。1992年の大統領選挙で、夫ビル・クリントンの選挙参謀ジェームズ・カービルは「変化vs現状維持」という対立軸を強調する戦術を展開。ビルは同年、現職のジョージ・ブッシュ(父)を破って当選した。

 ヒラリーが戦う民主党大統領予備選の序盤は、それと逆の様相だった。ライバル候補は彼女に現状維持のレッテルを張り、自分を変化の旗手として売り込んだ。バラク・オバマ上院議員は記者団にこう語った。「前へ進みたいんだ。後ろを向いている場合じゃない。有権者もそう感じている」

 確かに有権者は現状にいらだち、怒りをつのらせている。世論調査でトップを独走するヒラリーとしても、「変化」の看板を他候補に譲るわけにはいかなかった。さもないと、変化の象徴を自任するオバマや、大衆迎合的な人気取りに走るジョン・エドワーズ元上院議員に支持を奪われかねない。

 「オバマとエドワーズが『変化vs経験』という誤った対立軸を宣伝するのをみて、ヒラリー陣営は気づいた」と、選挙対策本部に近い筋は匿名を条件に言う。「そうだ、これはヒラリーの強みを強調できる絶好のチャンスじゃないか、と」。つまり、ヒラリーには「変化を実現するための経験」があるということだ。

 ヒラリー陣営はワシントンの政界に15年いる女性でも変化の旗手になれるように、言葉の再定義に取り組んだ。そして9月初め、ヒラリーは演説でこう主張した。「体制の内部で働いてこそ、変化を実現できる。体制を無視する態度は何も生み出さない」

 ヒラリーは一貫して体制内で頑張るタイプだった。父親は保守派の実業家ヒュー・ローダム。少女時代は共和党保守派の政治家バリー・ゴールドウォーターの著書『保守の良心』を座右の書にしていた。同じベビーブーム世代の仲間たちが麻薬を吸ったり、大学をドロップアウトするのを尻目に、ヒラリーは名門女子大ウェルズリー大在学中に学生自治会の議長に立候補。その後、エール大学法学大学院に進学した。

歴代大統領との類似点はいくつもある

 ファーストレディー時代に医療保険制度改革法案の取りまとめ役になったときは、体制内のルールを軽視して夫と自分の政治生命を危機に陥れた。その後、上院議員になってからは目立つことを避け、ルールを守って過去の失敗を挽回した。

 民主党の大統領候補に決まれば、右派は再び「過激な左派」のレッテルを張るだろう。だが、「まじめな頑張り屋」というヒラリーの本質は今後も変わらないはずだ。

 その本質ゆえに、ときには「正義」を振りかざす独善的な活動家にもなる。93年の医療保険制度改革法案の失敗がいい例だ。だが政治経験を重ねるにつれて、失敗から学ぶ能力も身につけたようだ(9月半ばに発表した新しい医療保険の改革案は、大胆だが決して過激ではない)。

 当時と比べれば「はるかに多くの経験を積み、政府に何ができるか、どんな制約があるかも理解している」と、ヒラリーは本誌に語っている。

 ヒラリー・クリントン大統領――まだピンと来ないかもしれないが、ヒラリーはあらゆる世論調査で2位のオバマに大差をつけている。討論会ではほぼ毎回、他候補を上回る評価を受け、規律のとれた選対スタッフを率いて効果的な選挙戦を展開中だ。

 一方、共和党の予備選でジョージ・W・ブッシュ大統領の後継者に名乗りを上げた有力候補の顔ぶれは、モルモン教徒のミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事、俳優出身のフレッド・トンプソン元上院議員、そして強さと頑迷さが同居するルドルフ・ジュリアーニ前ニューヨーク市長。いずれもブッシュ後のアメリカに変化をもたらすタイプではない。大統領選の本番を1年後に控えた段階で、意外にもヒラリーは本命候補に躍り出たようだ。

 では、もし大統領に当選したら、ヒラリーはどんな統治スタイルを取るのだろうか。これまでの15年間を振り返ると、歴代の大統領との類似点がいくつもある。

 硬直したイデオロギーと部下の忠誠心にこだわる一面は現大統領ばり。リチャード・ニクソン並みの秘密主義やパラノイア(偏執症)めいた姿勢を見せることもあった。一方で、高い状況適応能力を示し、「政治に完璧を求めてはいけない」という鉄則を受け入れた点は夫と共通する。
 取り澄ました正義の闘士からパラノイア的な大統領夫人、中道派の上院議員、有力な大統領候補へ――この軌跡をたどれば、当選後の統治スタイルが見えてきそうだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 

ビジネス

米地銀リパブリック・ファーストが公的管理下に、同業

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年2月以来の低水準
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ」「ゲーム」「へのへのもへじ」

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    走行中なのに運転手を殴打、バスは建物に衝突...衝撃…

  • 7

    ロシア黒海艦隊「最古の艦艇」がウクライナ軍による…

  • 8

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中