コラム

「セクシー発言」など問題ではない、小泉進次郎が農業改革に失敗した過去をどう評価するか

2024年08月28日(水)14時30分

今回の自民党総裁選では最有力候補の1人とされる小泉氏 Kazuki Oishi-REUTERS

<農林中金改革や補助金漬け農業からの転換を主張したが、結局は実現できなかった>

今回の自民党総裁選では小泉進次郎氏の動向が話題になっています。そんな中で、同氏が過去に「気候変動問題はセクシーに」という発言をしたとして「言葉が軽い」などと改めて批判されています。この発言は、5年前の2019年の9月に環境大臣として国連温暖化サミット出席のためにニューヨークに出張した際のものです。

そもそも、この「セクシー」という言い方は、クリスティーナ・フィゲレス氏というコスタリカの外交官の発言を引用しただけです。このフィゲレス氏というのは、パリ協定を主導した国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の事務局長だった人物です。また、この2019年の国連気候変動サミットの中心人物の1人でした。

責められるのは、そうした文脈を理解しないで表層的な報道をした当時のメディアです。小泉氏の立場としては、国連サミットに参加する際に最も大事な人物と意見交換した際に、キーワードを共有しただけです。それを知らずに誤解と偏見が今でも拡散しているというのは、実に見苦しい現象だと思います。

小泉氏の政策能力を評価する上で、もっと大事なのは環境大臣になる前の2015年から約2年間、自民党の農林部会長として農業改革に挑戦した経験です。この時の小泉氏は、日本の農業が「このままでは持続ができない」という危機感から抜本的な改革の議論を提起して、かなり激しく論戦を行っていました。多くの論点があったわけですが、具体的に小泉氏が戦った課題として「農林中金」と「補助金漬け」の問題があります。


「農林中金は農業融資をせよ」

まず、農林中金というのは、農協系の金融機関です。規模としては、預金残高60兆円、総資産100兆円というメガバンクに準ずる巨大金融機関です。2015年の時点で小泉氏は何を問題にしたのかというと、この巨大な金融機関が、農業融資をほとんどしていないという点でした。現在の日本の農業では、大規模化、機械化など、資金を投入して改革をしないと持続可能性が確保できないわけです。

にもかかわらず、潤沢な資金があるのに農林中金は貸出残高の中で農業融資が0.1%しかない、当時の小泉氏は、そんなことでは農林中金は存在意義がないと迫りました。これに対して全農サイドは「貴重な農家の資産は大切に運用しなくてはならない」と言って、農業融資の拡大を拒否したのでした。

その後、農林中金は、世界中で資金を運用するヘッジファンドとしての性格を強めていきました。その結果、今回の米金利高止まりによる債券価格の下落を受けた運用失敗で、単年度「1兆5000億の赤字」が見込まれ、一気に経営危機に陥っています。そう考えると、9年前の小泉氏の指摘、農協系の金融機関なら農業融資をせよ、そうでないなら存在意義はない、という指摘は改めて重たいものがあるわけです。

もう一つ、小泉氏は「補助金漬け農業」への批判を展開、こちらも全農など既得権益代表から激しい抵抗を受けました。ですが、それから9年、現在の日本の農業はコメ不足という深刻な危機に陥っています。原因は猛暑とインバウンド消費だとされていますが、それ以上に高齢化による耕作放棄の拡大が背景にあります。農業が持続不可能になっているのです。

そう考えると、農業の大規模化、機械化、世代交代などの抜本改革を迫りつつ、現状の延命をするためだけの補助金行政を批判した、9年前の小泉氏の提言は、こちらも改めて重たいものがあると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豪年金基金、為替ヘッジ拡大を 海外投資増で=中銀副

ビジネス

トランプ氏、NYタイムズ提訴 名誉毀損で150億ド

ワールド

米カタール、防衛協力強化協定とりまとめ近いとルビオ

ビジネス

日経平均は4日続伸、一時初の4万5000円台 ハイ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story