コラム

日米首脳会談で示されなかった、南北和解後の未来ビジョン

2018年04月20日(金)15時40分

例えばですが、現在のところ、米朝交渉では「朝鮮戦争の法的な終結」が模索される可能性が指摘されています。その場合は、駐留国連軍(PKF)の解散を意味するのか、その場合は在韓米軍も撤退するのかという問いが突きつけられます。今週19日には、「非核化の見返り」として北朝鮮側は在韓米軍撤退を求めないという報道が流れましたが、仮に当面はそうだとしても、南北接近が進めば朝鮮半島におけるパワーバランスは変化します。

そうした流れの先に、仮に予見できる将来に、準備不足のままベルリンの壁が崩れるように南北の統一が進めば、3つの問題が生じます。1つは、北朝鮮地域に一気に高い生活水準を保障すると、韓国の経済では支えられずに経済的に共倒れになってしまうという問題です。2つ目は、周到な準備をしないと、地域間対立や南北出身者間での誤解や差別といったトラブルにより社会が不安定になるという問題です。3つ目は、仮に北朝鮮側(と韓国の左派)が主導権を取った場合に、韓国の国軍(の一部)や保守派が動揺するという問題です。

この3つの問題については、仮に発生した場合には、日本には大きな影響があります。武装難民がどうとか、スリーパーセルがどうといった話とは次元の違う大きな問題になり得るのです。それ以前の問題として、朝鮮半島での「冷戦的なバランス」が崩れることで、より一層の人道危機が起きては大変です。

そのような制御できない激変を避けるためにも、日米は「東アジアのあるべき姿」のビジョンを描き、それを共有し、そのビジョンに基づいて行動することが望ましいわけです。今回の日米首脳会談では、そうしたビジョンの片鱗すら見えなかった、これは極めて残念です。

トランプ政権というのは、ビジョンを組み立ててからその手段として行動を立案するような「ことはしない」性格を持っているのは誰でも知っています。ですが、今回という今回は、そうしたビジョンがなくては先へ進めない局面です。現状維持なら現状維持で、具体的には「どのような意味合いの現状維持」になるのか、そこに意味がある中で、これはやはり不安を感じずにはいられません。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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