コラム

チリ落盤事故の救出ドラマは、どうしてアメリカ人を感動させるのか?

2010年10月13日(水)13時57分

 本稿の時点では、まだ1人目の引き上げ作業が終わっていませんし、1人当たり30分程度を要する引き上げを続けて、33人の全員を地上に救出するには恐らく丸1日以上かかるでしょうから、救出作業が完了するのは早くても木曜日になりそうです。また、68日間という長期間、狭い地底に閉じ込められていた人の中には、健康状態を相当悪化させている人がいるかもしれず、まだまだハッピーエンドというには早過ぎるのかもしれません。

 ですが、アメリカのメディアは既に感動のドラマということで盛り上っているのです。チリという国は、アメリカからはそんなに親近感のある国ではありません。チリからの移民やチリ系のアメリカ人というのは、他のラテンアメリカ諸国と比較して多くはないですし、そもそも距離的に相当離れているということもあります。そのアメリカ人が、今回の落盤事故にはたいへんな関心を寄せており、各テレビ局は、キャスターを順次送り込んで、救出作戦に関しては生中継の体制を組んでいるのです。これはどうしてなのでしょう? 

 アメリカ人の大好きな感動のドラマということもあるでしょう。ですが、そこにあるのは、鉱山で働く人々への連帯感です。日本のように、コスト高の国内での採掘はほとんど停止して、石炭をはじめ多くの鉱産物は国際市場から調達している国とは違い、アメリカではまだ様々な形での鉱業が残っており、操業している鉱山も多いのです。そして、残念ながら炭鉱での事故が、ここのところ数年に1度起きており、アメリカの場合は多くの犠牲者を出していることもあって、今回の事故に対する関心は大変に高いのです。

 例えばCNNでは、チリからの実況中継の傍らで、2002年にペンシルベニア州のクエクリーク炭鉱事故で奇跡の生還を遂げた人々を登場させていました。このペンシルベニアでの事故は地下80メートルの横坑で起きました。誤って地下水脈に通じるパイプに穴を開けてしまったところから、摂氏10度近い水が一気に出水、9人の作業員が横坑に閉じこめられたのです。作業員達は胸までを水につかりながら、お互いの身体を密着させて体温を維持したと言います。

 今回チリで行われているような、人1人が通る太さの縦穴を掘って筒状のコンテナを下ろす作戦はこの時にも使われています。ペンシルベニアの場合は、深さが80メートル、閉じ込められていた期間は4日間と今回よりずっと楽な条件でした。それでも作業は難航を極め、何度も危機的な状況が伝えられたのを覚えています。結果的に3時間以上をかけて9名を収容し、州知事が掲げた「9オブ9(9人中9人が無事)」という紙がTV画面におどると、全米に感動を呼んだのでした。

 今回のCNNの中継では、その生還者の3人と、生還者の妻1人が登場していたのですが、全く同じように地中に閉じ込められているチリの33名に対しては本当に祈るような気持ちで見ていたというのです。「私たちの場合は4日間が4週間ぐらいに感じられましたから、あの人達にとっては68日というのは何年もかかったというような感じでしょうね」という言葉には重みがありました。

  こうした鉱山労働者への連帯感というのは、例えば少し以前のSF映画『アルマゲドン』などによく描かれています。この映画の主人公は油田の「穴掘りのプロ」たちで、その技能を買われて「地球に激突しそうな小惑星に穴を掘って爆弾を仕掛ける」ミッションに抜擢されるという荒唐無稽な設定になっています。ブルース・ウィルスやスティーブ・ブシェミなどが、その何ともクセのある「穴掘り野郎」を演じたところ、とりわけ彼らの持つ庶民のパワーが、硬直化した軍やNASAの官僚組織との対比で描かれているあたりが、この作品の「売り」になっているのです。

 そんなわけで、アメリカは今、チリの状況に一喜一憂しているのですが、その同じ12日にオバマ大統領は、BP社の油田事故以来凍結していた「深海油田の掘削禁止」を解除すると発表しています。これも、環境よりも景気やエネルギー政策を優先するというよりも、掘削禁止のためにメキシコ湾岸で「油田での作業員の大量失業」が起きている、こちらを意識した決定のようです。また保守派の攻勢に押される形の決定だとも言えるでしょう。

 油田にしても鉱山にしても、環境や安全という観点からすれば様々な問題点や反省も必要なのですが、現場の感覚からすれば「非情な自然に対して人間が必死で頑張っている」という感覚になるのです。「だからイイじゃないか」というわけで、事故にあった作業員への同情の延長には、開発の継続を認める思想があり、そのあたりにアメリカ保守派の環境や自然に対する価値観が見え隠れするのもまた事実なのです。いずれにしても、現時点では33人の無事救出を祈るばかりです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

バチカンでトランプ氏と防空や制裁を協議、30日停戦

ワールド

豪総選挙は与党が勝利、反トランプ追い風 首相続投は

ビジネス

バークシャー第1四半期、現金保有は過去最高 山火事

ビジネス

バフェット氏、トランプ関税批判 日本の5大商社株「
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 2
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1位はアメリカ、2位は意外にも
  • 3
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見...「ペットとの温かい絆」とは言えない事情が
  • 4
    野球ボールより大きい...中国の病院を訪れた女性、「…
  • 5
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 6
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 7
    「2025年7月5日天体衝突説」拡散で意識に変化? JAX…
  • 8
    インドとパキスタンの戦力比と核使用の危険度
  • 9
    「すごく変な臭い」「顔がある」道端で発見した「謎…
  • 10
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 4
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 9
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 10
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story