コラム

米中の「ねじれ」と戦略対話

2009年07月29日(水)15時00分

 今週から始まったワシントンでの「米中戦略対話」は「G2」だとか、日本外しだとか、あるいは「米中蜜月」などと言われています。確かに、アメリカ側は、オバマ大統領、ヒラリー・クリントン国務長官、ガイトナー財務長官という顔ぶれが、中国に最大限の配慮を見せているように思います。では、このまま米中は接近し、益々日本はカヤの外に置かれるのでしょうか? そんなことはないと思います。というのは、米中の間には深刻な「ねじれ」があるからです。

 勿論、日米の間にも「ねじれ」はあります。日米の間には、何と言っても在日米軍という「ねじれ」があります。「戦前の国体を護持したために戦敗国の烙印が消えない中、在日米軍が日本の防衛を主導している。その位置づけはタテマエ的には同盟間の共同防衛だが、日本にとっては軽武装の口実であり、非戦国家という理想論の根拠にもなり、アメリカ側からは戦利品としての駐留権であるという側面と軍国主義への『瓶のふた』という位置づけが交錯している」これは、確かに国際社会の中でも珍しい「ねじれ」でしょう。

 ですが、米中の「ねじれ」はもっとすさまじいと思います。「朝鮮半島で戦火を交え、今なおその朝鮮半島と台湾海峡と西太平洋における仮想敵でありながら、中国は米国債の購入と廉価品の生産拠点、奢侈品の消費地として米国経済に抜き差しならぬポジションを確保。一方で変動相場を取らず、人民元を安く抑えることで米国債の目減りを回避、この点において政治が市場に優先する現実を許す中で、中国社会における民主主義の全面否定をアメリカとしては黙認せざるを得ない」この経済と政治、軍事の絡まった「ねじれ」もたいへんなものです。

 ただ、日米の「ねじれ」についてはお互いにメディアや学界、そして外交当局から政界まで関係者の多くは現状を正確に把握した上で、安定した同盟関係を維持しているのに対し、米中の関係というのは一歩間違えば世界恐慌が起きたり、ミサイルが火を噴いたり、中国の場合は国家体制の動揺が起きたりしかねない危険なものだと思います。

 たとえて言えば、日米関係というのはアメリカが(例えばロス警察や、NY警察の)パ トカーに日本の「前回の戦いで負けて悔しかった」という古風なサムライと、このパトカー自体が銃で武装していてケシカランとブツブツ言っている平和主義の少年が「タダで」乗せてもらっている、運転している警官はニコニコしているが、沿道の群衆からは「ただ乗りはずるい」というアメリカ人の声や、「日本人なら自分で運転しろ」という日本人の声、あるいは「武装警官に運転してもらっているアンタたちは悪人だ」という声などが飛び交っている・・・そんな風景ではないでしょうか。

 ただ乗りへの批判に対しては、時々ガソリンスタンドに寄った際に「しょうがないなあ」とカネを払ったり、ギャングに襲われてタイヤがパンクしたときには後ろに回ってクルマを押したり、日本人の乗客はそのような対応を見せることもあるわけです。その際にも「平和主義の少年」はカネを払うのもイヤだという立場である一方で、「負けが悔しいサムライ」は「カネを払う誇りがいつかは自分で運転できる気概になるんだ」と払おうとするわけですが、色々なギクシャクはあるにしても、基本的に日米両者の関係は「ニコニコ」というムードには変わりはありません。

 ところが、米中関係というのは、お互いに首根っこに剣を突きつけて、チャンバラを行っている、それも断崖絶壁の脇でやっている、しかもアメリカの剣術と、中国の剣術はまったく流儀が違う・・・そんな光景です。本当に一歩間違えば、お互いの首根っこから鮮血が吹き出し、足元が狂って両者が奈落の底に転落する、そのような関係とも言えるでしょう。

 その意味で、米中が「深刻な問題を回避するための」直接対話を開始したというのは、周辺国にとっても国際社会にとっても重要なことだと思います。オバマ大統領の年内訪中がありそうだというニュースも流れましたが、とにかく「価値観を全く共有せず、仮想敵としての睨み合いを解除することもないにも関わらず、お互いに経済的に深く依存するような関係に陥った」という問題だらけの状況だからこそ、対話をしなくてはならないのです。それを「日本外しのG2」だと言って、ブツブツ文句を言うような態度は、全く必要のないことだし、誤りだと考えます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

パキスタン国際航空、地元企業連合が落札 来年4月か

ビジネス

中国、外資優遇の対象拡大 先進製造業やハイテクなど

ワールド

リビア軍参謀総長ら搭乗機、墜落前に緊急着陸要請 8

ビジネス

台湾中銀、取引序盤の米ドル売り制限をさらに緩和=ト
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story